住吉神社例大祭 獅子頭宮出し

 住吉神社の例大祭。またここに3年住んでるんだなあと思いますね。祭りの初日の午前中あるのが獅子頭の宮出しです。これは民俗学的観点からも、相当おもしろいものです。獅子頭が神輿の前に宮出しするのは、神輿の前に町内を回って、神様が通る道を清めるという意味合いがあるようです。神社の守り神の獅子が町内をパトロールするという感じですね。

 獅子頭は大人用3組と子供用のものがあり、担ぎ手は決まっているようです。05年8月6日10時、酷暑の中、住吉神社の境内に行ってみると、佃囃子が囃子手によって演奏され、見物衆が境内をぐるりと取り巻いている。役付のみなさんがぴりぴりしていて、ハンドスピーカーでがなっています。祭りの狂騒の予感の混じった緊張感が伝わってきます。

住吉神社例大祭 獅子頭宮出し

 やがて人払いした参道を、最初の獅子頭の担ぎ手たちが50人ばかり、ひとかたまりになって境内に駆け込み(いい場所を取りたいからなんですね)、雄雌の獅子頭(頭にたまねきが乗っているほうが雌らしい)にどっと取りつきます。しかし、獅子頭はすぐに担ぎ上げられるわけではなく、しばらく担ぎ手にもみくちゃにされていて浮かび上がってきません。担ぐ位置を争っているのです。
  若い衆は獅子頭の鼻についている綱の取り合いをしているわけです。この獅子頭の鼻をつかむと、「次回の祭まで女に不自由しない」という言い伝えがあるそうです。それで獅子が担ぎ上げられていない状態の時は、本気で鼻の取り合いをしているわけです。
 それではだれが鼻をつかめるかというと、ここが面白くて、日ごろの人間関係を含めて、「コイツが鼻を取るのなら、まあ仕方がないな」とみんなが思うような、人望のある人が最終的に鼻を取れるということになっているようです。
 獅子頭の見せ場は、拝殿や神楽殿に獅子頭を持ち上げている状態の時と、境内から鳥居をくぐって出ていく瞬間です。この鳥居をくぐる瞬間に鼻を取っていた人間がトップなのだとか。そのために、みんな鼻の取り合いをするわけですが、「自分はコイツに鼻を取らせてやろう」と考えて動く協力者もいるようです。
 獅子が見物人に見えている状態は、本気になって鼻の取り合いをしていないということで、若い衆にとっては良くない状態なのだそうです。

住吉神社例大祭 獅子頭宮出し

 やがて「差せ、差せ!」のかけ声で、獅子頭が高く差し上げられると、真夏の遠慮会釈のない日差しに照らされて、よく磨き上げられた獅子頭は思いも寄らぬ煌めきを放ちます。そこからは神輿と同じで、30人程度の担ぎ手に掲げられた一対の獅子頭は、狭い境内を勇壮に練り歩きます。境内を混乱が支配します。時々社殿と、お囃子を演奏している神楽殿に頭を突っ込みます。

 この祭り全体を支配しているルールがあって、それはすべてにおいて「意地を張る」ということです。獅子頭も神輿もそうなのですが、非常に重いものです。獅子頭は4人いないと持ち上げることができません。担ぎ手は30人いるのですが、担いでいるうちにくたくたになってしまいます。本当は早く楽になりたいんだけど、それでは男がすたるので、もみ合い続けるわけです。
 獅子頭から伸びている布は、アオリといって、獅子頭に取りついて鼻を取り合っている以外の人は、このアオリを持って彼らに風を送っているそうです。なんせ8月の頭のことなので、暑くて大変です。このアオリの端を、若い衆を卒業した大若い衆が引っ張って、獅子頭の動きを制御しています。大若い衆は、獅子頭には触ることができないし、宮出しで神輿を担ぐこともできません。そして彼は、担ぎ手である若い衆が疲れ切っているのを知っているので、「早く境内から出て行け」と追い立てているわけです。若い衆のほうも苦しいので休みたいのだけれど、「いや、まだまだ」と頑張っています。その気持ちを大若い衆は知りながら、追い立てようとするわけです。
 このお互いが言葉と裏腹の思いを持って、意地の張り合いをやっているというのが、祭りの美しさなのだそうです。

 飽きるまで練ったら、獅子頭は頭を揃えて鳥居をくぐって境内を出て、町内を渡御するようです。みんな非常に疲れているので、鳥居を出た瞬間に獅子頭も神輿も、へたれてふにゃふにゃになってしまいます。
  これを佃の一部~三部までやって、そのあと子供用の小さな獅子頭のお出ましです。子供用に獅子頭は小さいつくりなのですが、それでも重たいらしくて元気が今ひとつありません。これを見ると、なるほど、獅子には担ぎ手が命を吹き込むものなのだということがわかります。

 きょうから3日間はまた、360年間も続いてきたという、この祭りの風情を心ゆくまで楽しむことにしましょう。

【06年5月補筆】

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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。