船渡御




 神輿は、木遣を唄う人々に先導されてゆるゆると土手を上り、リバーシティーの堤防から、幟で飾り立てたはしけに載せられます。なんだか、ずいぶん神輿をはしけに載せて出発するまでもたついているように見えますが、段取りがはっきりしていないからのようです。「どちらから神輿を載せるのか」とか、「誰がどの船に乗るのか」などの手順が、あらかじめ決まっているわけではなく、マニュアルがあるわけでもなく、「前回はどうしたっけ?」などと、年寄りに聞いたりして、年寄りのほうも忘れていたりして、かなり混乱しながら、何となくすべてが納まるところに納まっていくという進行のようです。
 これも、日本的組織の意思決定方法を考える上で参考になることのように思えます。
 やっとのことで、役方が乗り込んだはしけは、佃大橋、勝鬨橋をくぐってお台場に向かいます。船渡御です。海を渡る神輿を堤防の上から、佃大橋の上から大勢の人が見送ります。
 神楽囃子の楽隊や担ぎ手も、魚船に乗って隅田川を伴走します。実に雅趣のある、しかし無粋なはしけは艶消しでもある、なんともアンバランスな光景です。

 昔はこうではなかった。土地の古老によると(ばあさんを捕まえて聞いたんですが)、神社から出た神輿は鳥居をくぐってまっすぐ隅田川に降り、川の中で神輿を揉んだのだそうです。だから昔の縮緬浴衣は背中を縫わずに、水が抜けるように開けてあったという。ホントに粋ですねえ~。
 川に入った神輿はなかなか出てこようとしなくて、漁師たちが周りから船でけしかけて、やっと川から追い出したとか。神輿を陸から海に放り込んだとか。それを周りから見物していたというのが、あの落語なんですね。
 それが隅田川の汚染で62年に中止に。90年に船渡御のかたちで復活したわけです。なぜお台場まで行くのかというと、そこが昔の佃島の漁師たちの漁場だったんですね。そこまで神様を連れて行くと。

 なにか、毎年5月にヴェネツィア共和国の元首が、「海よ、お前と結婚する。永遠にお前が私のものであるように」と言って金の指輪を海中に落とす「海との結婚式」を連想しませんか? ちょっとかっこいいですね。

 例大祭は金曜の宵宮祭に始まって、土曜の獅子頭宮出し、日曜の船渡御、月曜の各町内渡御、本社帰社・宮入まで3日間続きます。この大獅子頭も他では見られない見物です。風情がありますよ。
 佃の住民の気合いの入れ方はハンパではありません。各戸数十万円支出するみたいです。毎日炊き出しをしていて、夜は酒を飲みながら神輿や獅子頭の番をしているし、日中は暑い中を神輿を担いでいるし、たいへんなものです。
佃講のおかみさんたちは「しばらくなにもしたくないー」と嬉しい悲鳴を上げながら、忙しく立ち働いています。
 神社の境内やお囃子の台ではずっと神楽が演奏されているし(風に乗ってうちまで輻輳しつつ流れてきます)、屋台もにぎやかに並んで、佃は祭り一色です。



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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。