もんじゃ

もんじゃ

お馴染みもんじゃの由来は、江戸時代に焙烙に小麦粉で字を書いた「文字焼」に始まり、明治期にはこれが屋台になっていたらしい。月島では、長屋の路地裏にある、路地に面した小部屋でやっていた駄菓子屋で、ばあさんが子供相手に出していたのが、昭和30年代に入ってからアルコールを出すようになり、本格化して数を増していったようです。
老舗の好美屋、かぶき、いろは、上州屋は昭和29年にできたらしい。1993年頃30件を越すくらいだったのが、ここに来て倍増しています。なんせ儲かるらしい。クリーニング屋なんかが次々と衣替えしてもんじゃ屋になっている。日曜の朝10時台に西仲通りに行くと、もうもんじゃ協会が店を開けていて、しかもすでに開店しているもんじゃ屋が会って、かつ客がちゃんと入っているという……。くれいじー!
佃の住民は、概してもんじゃに対してはいい印象を持っておらず、「じゃあもんじゃでも食べに行こうか」というのは禁句ですらあり、誰も足を向けようとはしないのであります。別に私はニュートラルですが、関西出身なものでして、やはりあまり親しみは感じられませんな。

いろは


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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。