戦跡コレヒドール島 (2)

コンビニエントな戦跡への旅、対照的な二人のガイド。


 この島までマニラから高速艇で連絡船が出ていまして、明石海峡大橋ができたときにいらなくなった大阪から淡路島をつないでいた高速艇をそのまま持ってきて、マニラから1時間でこの島に行けるようになっています。ちょっとスタートが7:45と朝早いのが難点ですが。

第二の人生第二の人生
 そしてこの島は島内が完全に観光地として整備されていて、ツアーがあるんです。このツアーにはガイドが2人付いていて、ひとりは日本語が話せるガイド、もうひとりは英語を話すガイドです。

 かなりいい加減な日本語を話すガイドの爺さんが船の中で最初に言ったのは、
「私たちが、これから行くのは、お墓参り」という言葉でした。これはすごいなと思いました。日本の軍属だったらしいのですが、開戦当時14歳だったそうです。それ以外は、記憶は確かなのですが、まあたいして意味のあることは言いません。
 その後、英語ガイドがあいさつに立ったのですが、この島に日本軍が攻めてきたとき、彼は6歳だったそうです。この英語ガイドはボブという名前なのですが、当時はやっていたボブ・ホープをもじって、「俺の名前はボブ・ホーブレスだ」という暗い冗談を言うようなヤツで、「俺は生きている限りはこの悲惨な戦争について子供たちに伝えるのが使命だと思っている」と眦を決して話しているわけです。私は彼の最初のスピーチを聞いていただけで万感胸に迫るものがあり、不覚にも落涙してしました。彼は、アメリカ軍の側から見て戦争の悲惨さをよく伝えていたわけです。


熱く語るボブ熱く語るボブ アメリカ人たちも囓りつくように彼の話を聞いていて、これはちよっとすごいなあと思いました。英語の分かる人は、彼の方についていったほうが絶対勉強になると思います。赴任したばかりの日本のフィリピン大使は夫婦でこのツアーに参加して、ボブに案内してもらったらしい。
誠に天晴れ。なかなか見上げた外交官もいたものです。しかしその時は、ボブのほうも参加者の中に日本大使がいることを知っていたので、いつもの調子が出なくて困惑していたらしい。


 島に着くと、日本語ガイドと英語ガイドで、バス2台に分かれて島内を回ることになります。バスが満席になったら、やっばり日本から持ってきたはとバスに出番が回ってくるそうです。


2台のバスに分乗2台のバスに分乗 島をめぐると、巨大な大砲が据えられ、コンクリートで固められた砲台を幾つも見ることができます。
 かなり太い鉄筋で骨組みを作り、その周りをコンクリートで固めてあるのですが、激しい砲撃により鉄骨がぐにやぐにゃに曲がって剥き出しにないる様がよくわかります。気をつけて歩かないと、そうした砲弾が命中して開けた穴に落ちてけがをしてしまいそうです。


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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。