岡本呻也著 文藝春秋刊 

アイデアの生まれる瞬間.1

 小澤はこのアイデアを思いついた瞬間をはっきりと憶えている。97年3月14日夜10時、彼は自宅の部屋でネットサーフィンに興じていた。とはいえ頭の中では、煮詰まっているビジネスプランの想念を追いかけていたのである。
「イメージとしては、こうすれば絶対うまく行くと思うのだが、どうも最後の鍵穴にうまく嵌まらないんだよなあ。まちがってはいないはずなんだけど……」
 小澤はマウスを転がしつつ考えた。

 話の中で、"絶対"という言葉を多用することでわかるように、どうも彼は思い込みが強すぎるきらいがある。
 小澤は早稲田大学に入ることを大きな目標として受験準備の日々を過ごしてきたが、早稲田大学法学部に入学してからはゴルフサークルに入部。トーナメント・キャディとしてほとんど学校に寄りつかず、全国を回る生活をしていた。有名選手と直に話せて、「もうこのまま死んでもいい」と思うほど楽しい日々を送っていたが、そんな天国の日々はあっという間に過ぎ去り、同期が卒業してしまった後ひとりぼっちになった小澤は、「自分がこの先、何で身を立てるべきか」という意志も希望ももたないことに気がついて茫然とする。自分の就職先を思い描くことができないのだ。
「答えは図書館にあるだろう」と見当をつけ、元から好きだった本棚の間にもぐり込む。そこで未来学者アルビン・トフラーの『第三の波』に行き当たった。トフラーは、第一の波は農業の開始、第二の波は工業化社会の到来、第三の波は情報化社会への変革で、「来るべき世では"情報"がカネを生む」と説いたが、小澤はこれを読んで目から鱗が落ちた。「これはコンピューターしかない。商社も代理店も駄目だ」と自分の成績を顧みず激しく思い込んだだけではない。重工業系企業に就職した友人に電話して「お前、辞めた方がいいよ、これからはコンピューターだよ」といらぬお節介まで焼いている。
 コンピューター関係企業を志望して落ち続けた挙句に95年春、CSKに入社。「ここは半年間の研修期間があり、コンピューターとネットの勉強をさせてくれてしかもお金もくれる。なんというぬるま湯だ」と思いながら、ERPパッケージ(ビジネス用ソフトの一種)や機器販売の仕事をこなし、一方でひたすら自分で手掛けるビジネスプランを考え続けていた。

 3月14日の夜、小澤が思い悩んでいたのは、CSKの仕事の延長で新規ビジネスが見つかりそうだということだった。彼の顧客企業からは20台、30台単位でパソコンのニーズがある。片やパソコン販売会社が複数あって、いちいち売値が違う。全販社に電話して値段を聞くのは面倒なので、メーリングリスト(数人で共有する一連の電子メール。同時に全員に同じ内容のメールを送ることができる)で見積もり依頼を全社に送るような仕組みをつくっていた。「これが何かビジネスにつながるのではないか……」。

b.pnga.png

サイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしていますサイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしています




人間力★ラボ
人間力★ラボ




人間力営業
人間力営業



「人間力」101本