岡本呻也著 文藝春秋刊 

ボツ原稿 ネットベンチャーに聞く「ネットビジネスの本質」

ネットベンチャーの資質

 今やっと脚光を浴びつつある強情な冒険野郎共。ネットベンチャーという会社社会からのはみ出し者たち。彼らは一体何者なのか。どこが凡人と違うのか。どうしてわざわざ苦しい道を歩きたがるのか。
 ネットベンチャーを起業する人間が持つべき資質を考えてみよう。それはベンチャー経営者の天性の資質に、既述の"ネットビジネスの特質"への理解をプラスしたものであろう。

 それではまず起業家が他の人と違う最初の点は何か。発想力、独創性、先見性を挙げたい。
 まったく今までにない物やサービス、あるいは少なくとも彼らの周囲には存在しない物やサービスを案出するか、どこかから輸入してこなければ、ニュービジネスは成り立たない。
 電脳隊の川邊健太郎は、クリエイターとしての優れた独創力で業界でもファンを獲得している。新しいものをつくる能力を持つ人物である。96年、青山学院大学の学生だった川邊は、自分のサイトに載せる写真を撮ろうとデジタルカメラを持って街に飛び出した。彼は元々バンドや映画の自主製作をやっていた表現者である。表現者にとってのネットは自分の作成物を外に発信できる場だ。
 ネット草莽期、みんな必死になって意味のある情報を探し回り、サイトに載せていた。「それじゃあ意味のないコンテンツをつくって、みんなで笑えればそれでいいや」と川邊はタカをくくっていた。街角で目に飛び込んでくる物にカメラを向け続けていた川邊が思わず「これしかない」と叫んだ対象、それはおばさんであった。動物園で動物を観察しているのと同じで、人間の中ではおばさんの動きが一番面白い。川邊は様々なおばさんの表情をカメラに納めてきて、分類して公開した。「セクシー系」「野獣系」「場末ストリップ系」。
 名付けて「おばサーチエンジン」である。
 他愛もない話だが、それが今度は不満解消「エンジン」という企画に進化する。情報として面白いのは人の不満だ。集めてきて編集して、価値のある情報にして売ればよいと考えたのである。PL法導入直後で、メーカーには情報ニーズがあるはずだと睨んだのだった。
 「身近なものでクレームをつけたいものはありませんか。あなたの代わりに陳情します。みんなで不満のない社会をつくりましょう」
 ある時期までは順調に不満が集まったのだが、突然、何かの具合でOLたちのネットワークにこのサイトの存在が知られたらしく、書き込みの内容が上司の悪口など、給湯室の会話ばかりになってしまった。困ったなあと思っていると、今度は掲示板の中身が入れ替わって、不満の中身が被差別部落や在日朝鮮人の問題ばかりになってしまった。これにはさすがに対応しきれず、サイトは閉鎖の憂き目に。
 「人からもらった情報を加工してコンテンツをつくっちゃうというのがネットビジネスの本質ですよ。ヤフーだってそうじゃないですか。この不満解消エンジンのようなモデルは、アメリカでは立派な会社になってるそうですよ」
 オピニオンズ・ドットコムのことである。確かに東芝事件を考えても、この試みはネットは市民へのパクーシフトを起こす性質を鋭く捉えたものだった。要はそうした閃きやインスピレーションがなければ無から有をつくることはできない。閃きや思いを形にするテクニック以前に、アイデアのユニークさが重要なのである。川邊は言う。
 「"これは素晴らしいアイデアですね"と言われると、誰か他の人が既に手をつけているのではないかと思って逆に不安になります。説明して簡単に理解されるアイデアなら大企業も考えついているはず。"なんだかわからないな"と理解されない方が安心なんです」

 サイバードの堀主知ロバートは祖父譲りの奇抜な発想力を持っている。彼の祖父は清水寺の小僧から身を起こして野菜売りや自動車運転手などを遍歴し、この間百万長者になったり無一物になったりを目まぐるしく繰り返した。戦後ヤミ物資の商売で儲けた堀の祖父は南紀白浜の名旅館川久を買収したが、客がまったく来ない。たまに泊り客があると10人の仲居がかしずき山海の幸が山盛りになって目の前に出てくるので、驚いた客は箸をつけないうちから勘定をしてくれとせがむ始末。
 窮した祖父は一計を案じ、紹介を乞うて賀陽宮と交渉し、宮家所有の菊の御紋付宮廷馬車と馬を譲り受けた。これは大阪ではなかなか目にすることのないものである。夏のある日、彼は華族が宮中参内に使う大礼服を着て車中でふんぞり返り、御者には海軍中将の大礼服を着せて、難波から梅田まで御堂筋を馬車で罷り通った。御堂筋沿いには見物の群集が押し寄せ、警官は馬車が交差点に近づくと手回し式信号を青に変え、GHQの高官も車外に出て、このえせ宮廷人に最敬礼して見送ったという。翌日この宮廷馬車通行の快事は全国の新聞紙面を踊り、川久は連日満室となった。
 笑い話のようだが、私はこうした発想の行き着く先こそ、ネットだから初めて可能となる新しいサービスと価値の創造だろうと思えてならない。月並みでは最初から話にならない。

 さて、価値を生むアイデアがあったとしても、それを自己流のやり方で現実に動くビジネスにするまでにはたいへんな困難が予想される。起業とは、未踏峰に登るようなものである。なぜ彼らは自分のビジネスをつくろうとするのだろうか。彼らの動機は何なのか。
 私の見るところ、彼らがビジネスをやる最大の動機は、「自分の正しさを証明するため」であろう。起業は彼らにとっての自己表現の方法なのである。それはイラストを描いたり、ダンスを踊ったりするのとまったく同じ次元に位置する自然なことのようだ。
 起業に理由はない。ビコーズ・ゼイ・アー・ゼアー。自分を表現する舞台をつくるため「俺はこれをやりたいんだ。やってみたいんだ」と損得を考えずに行動するのがベンチャー経営者なのである。

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