岡本呻也著 文藝春秋刊 

ボツ原稿 ネットベンチャーに聞く「ネットビジネスの本質」

人・モノ・金

 以上、ネットビジネスの特質を挙げてきた。従来は不可能であったビジネスを可能にすること。スピードがあること。顧客志向・消費者へのパワーシフト。アライアンス志向。ローコスト・インフラ/運営。ポータル化。これらの他に99年秋以降新たな特徴がビットバレーの動きを主軸にして、日本のネットベンチャーに加わった。それは、従来はこの規模の中小企業には到底考えられなかった規模の人、モノ、カネの潤沢と言うより過剰な供給である。人もうらやむこの状況について少し述べてみたい(なおこの経緯については第4章に述べる)。
 まず最初に動いたのはカネである。カネは不思議なもので、1カ所に仲良く集まってくる習性を持っている。ネットベンチャーには国内の企業、個人のみならず欧米資本、華僑資本とあらゆるところから金が流れ込みつつある。この資金面での国際性も特筆すべき点かもしれない。"ネット"という字が冠にかぶさればどんなベンチャーでも金が引っ張れる状態だ。国内外のVCやVCが組成するファンドが、億単位の出資を行っているのである。
 国内の投資家に対する増資でも10億円以上の調達が可能になっている。家庭用デジタルカメラの印画紙出力サービスを行っているデジプリは2000年2月、3月に15億円弱を調達した。最大の割当先は香港の長江財閥傘下のパシフィック・センチュリー・サイバーワークス・ジャパンだが、それ以外は日本企業とVCである。"日本のネットベンチャーの株価は明らかにバブルであり早晩調整が入るはずだ"という声や、現実的にソフトバンクや光通信を中心とした既上場株価が急落低迷している環境下でも、こうした未上場ベンチャー企業による大型の調達が今のところは新聞紙面を賑わせている。

大企業からの人材流出

 ネットベンチャーは人材も自在に採ることができる。ストックオプション制度を使って従業員に株を割り当てれば、公開時には社員全員を億万長者にすることも可能である。古株のヤフーの社員は1億円のヤフー株を1株5万円で買う権利をみんな持っていたのだ。
 しかし人がカネだけで動くと思ったら大まちがいと知るべし。金で引き抜いた人間は、より条件のいい仕事があったらそちらに移ってしまう。「就社意識」の希薄な30代以下の人間は、「仕事の面白さ」を最大の選択ポイントにして仕事を選んでいるように思えてならない。
 そもそも、仕事が詰まらないベンチャーではスピード競争に対応できず市場から敗退するだろう。そのくらいベンチャーの仕事ぶりはハードだ。夜の10時に行っても半数近い社員が残っているところもある。夜8時から採用面接と言い渡されても、夜11時から会議と言われても、驚いてはならないのがネットベンチャーの世界。休日出勤は当たり前。それでも嬉々として働けるのは、カネというニンジンが目の前にぶら下がっているからではない。自分が仕事を創っていく喜びが確かに感じられるからだ。
 あるベンチャーに日立製作所のシステム開発研究所から転職したばかりの、30代半ばの技術者に話を聞くことができた。
 大研究所からこんな小さな会社に転職してみてどうですか?
 「ええ、1日に5回くらい"転職して良かったなあ"と感じますよ。端的にいうとね、仕事をしていて楽しい。"俺は今、仕事をしてるんだ"という実感があります。毎日が充実しているし、それにみんなと一緒に仕事をしていて楽しいんですよ」。
 日立の方が技術力も優れているだろうし、優秀な人もいっぱいいて刺激になるんじゃないんですか?
 「あのね、能力の高い人がいるということは、能力が高くない人もたくさんいるということになるんですよ。システムの設計というのは、階層や機能別に細かくモジュールに分けて、だいたい1人でこなせるくらいの仕事に割り当てて与えられるんです。それぞれの人が研究報告や特許を出せなきゃいけないから、仕事を分割して完全な縄張りをつくるわけです。
 平等主義がかなり問題ですよ。能力のあるなしにかかわらず仕事の面積は一定ですから、できない人の仕事量に合わせちゃって、能力レベルの密度が低くなる。仕事が薄まっちゃうんです。かつ、縄張りの中は絶対に侵入禁止。僕なんか後から異動して行ったから、一番面白くない部分を割り当てられちゃった。割り当てられた分野に興味がないとしんどいですよね。でももっともどかしいのは、できない奴がいい仕事を割り当てられていること。"適材適所"という言葉を最初からまったく忘れて適当に仕事も割り振ってます。適性無視」
 でも上司は各人の技術レベルを評価するのが仕事なんじゃないですか?
 「いやあ、人の能力がわからない上司も多いですよ。理解力があっても政治力がないし。僕らだと、ちょっと話してみただけで判断できますけどねえ。自分の投げた話がどこまで返ってくるかをみれば、相手の能力がわかるじゃないですか。
 ところが日立だとね、"こんなことやりませんか"と提案しても僕が一方的に喋った後に"あっ、それいいね"って言われて終わっちゃう。次の手が打てない。これでは話になりません。
 ここの会社だとね、"こうしましょうよ"と話すと"それは面白い、じゃあこんなこともできるね"と返ってくるんです。すると"こいつはここまで考えてるのか"と相手のレベルがわかるわけ。お互いに技術レベルが拮抗しているので、話のピンポンができる。"こうしましょう""よしやろう"になるから楽しいんですよね。結局できる人間のところに仕事が集まることになりますが、それは当然のことだと思いますよ」
 彼は外人のヘッドハンターからの転職話に乗ってここに転職した。3度目の正直の転職である。技術者たちはそんな不本意な環境に置かれていてなぜみんな転職しないのかと不思議に思うが、日立には転職の文化がまったくないのだそうだ。それでも優秀な人からポロポロと抜け出し始めているらしい。

 大企業は優秀な社員を大量に雇用しているが、社員の能力を本気で活かそうとは考えていないようだ。大企業に就職することは、自分の才能を殺すことに等しいのかもしれない。それで生活が安定するのならそれでもよいという公務員的発想もこれまでは罷り通ってきた。しかしそれは企業が規制に守られていてよほどの変事がなければ潰れなかった時代の話だ。
 インターネットが社会の各集団、各層を縦横無尽に繋いでいくことで、大企業が後生大事に守ってきたピラミッド型の社会秩序は崩れつつある。そう実感した者は、自分の能力を殺して得る生活の安定など何の意味も持たないことにいち早く気づくだろう。リスクテイカーになった彼らの行き先が起業であり、ベンチャーへの転職なのである。
 99年のビットバレーにおける市民革命は、まさにこの、ネットビジネスの文化と、従来型の保守的なビジネス風土の間に、明らかな、そして埋めがたい溝があることを明らかにした。どちらに立脚するべきか、全てのビジネスマンが否応なしに選択を迫られる日が刻々と迫っているように思えてならない。



b.pnga.png

サイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしていますサイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしています




人間力★ラボ
人間力★ラボ




人間力営業
人間力営業



「人間力」101本