岡本呻也著 文藝春秋刊 

ボツ原稿 ネットベンチャーに聞く「ネットビジネスの本質」


○ローコスト

 コスト意識を徹底しなければならないのは、他のネットベンチャーも同じである。有望と目される携帯電話への情報提供事業。その中でも「いつでもキャラっぱ」など、携帯を持つ5人に1人が契約していて、135万人もの契約者を持つ成功例として知られるバンダイですら、まだ赤字なのである。同社の携帯コンテンツ事業は月商1億5000万円程度。これが2億になれば十分黒字化するのだが、アクセス数が増えればサーバーの台数を増やさなければならない。現在サーバーは85万台。すべて単年度償却できる100万円以下の機械である。これが近々300台以上に増えていくはずだ。ネットワーク事業部を立ち上げて引っ張ってきた執行役員の林俊樹は
 「この事業はコストが肝。出ずるを制することを必死でコントロールする。メチャメチャ地味な仕事です。高性能サーバーがあればいいけど、買えません。逆に買わずに技術力で対応していくことを誇りにするくらいじゃないと」
 と語る。サーバーを増やす度にコストは階段状に上がっていくので、そこを睨みながら経営を行うという、つつましやかなビジネスだ。ユーザー数が多くても、月平均の客単価が120円では、今のところなかなかつらい舵取りのようだ。

○アライアンス志向

 もうひとつネットベンチャーに特長的なこととして、提携・分業志向がある。事業をやるにあたって自社にないものは、戦略的に提携することで補完しようという発想である。松本がソニーと組んだのはその一例だ。
 ネットベンチャーには、概してアライアンス(提携)志向が強い。あるサービスに市場がある(客がつく)ことがわかっていても、自分に資源がないから、手っ取り早く実現するためには誰かと組む必要がどうしてもあるし、それを自然なことと感じているからだ。ここには明らかに一般的なビジネス文化との違いを感じずにはいられない。
 携帯電話コンテンツプロバイダーとして特異な地位を確立しつつあるサイバード社長の堀主知ロバートは、アライアンス戦略についてこう語る
 「ある分野のデジタルの情報が必要になった時に、今からつくろうと思っても間に合いませんよね。例えば地図データ。"どこが一番ぎょうさん持ってんねん"と探したら、それは福岡のゼンリンさんがトップ企業であると。お話を持っていくのは1番手の企業さんだけです。あるいは、お受けするのも一番手の企業さん。
 ネゴシエーション(交渉)の極意は、相手に"そりゃそうやな"と納得していただくことです。"これは業界の中では絶対に必要になるからぜひ一緒にやりましょう。お互いにとって利益があるはずですよ。御社はいい資源をお持ちですし、ウチはこの業界ではいい領土をもっています。ぜひ握手しましょう"という基本線が一致すれば、後は"やるかやらないか"だけですよね」
 全携帯電話会社への番組提供が可能であるというサイバードの立場がこの強気の交渉を可能にしている。同社は実際にこのようにして提携電話に情報提供ができる数々の有力企業との提携を結びつつある。同社は提携した企業に、情報料として売上の20~50パーセントを支払っている。

○スピード

 そのサイバードの堀が、社員の行動力に目を剥いて驚いたことがある。金曜日の夜、地図データの提供先について「ゼンリンさんなんかと組めたらいいねえ」と社員に話していた。帰宅して月曜日の朝出社してみると、その社員がやってきて、「ゼンリンさんと組めることになりました」。
 驚いた堀が「どうやって先方に接触したの」と聞くと、社員は「ええ、九州に行って先方の役員に会ってきました」。堀は唖然として、「ああそう、キミ、頼もしいねぇ」と言うしかなかったという。
 "思いついたらすぐ提携"というのは、この業界では誇張ではなく現実である。「先方の部長を料亭に招いて」などという概念はない。
 ネット業界の住人は、他の世界とは比較にならないスピード感を伴った時間感覚を持っているように思う。堀自身、夜になると午前中にあったことは感覚的には4、5日前に起こったことのように感じるそうだ。「それがかなり怖いこととも、小気味よいこととも思う」と彼は語る。
 なぜスピードが重要なのか。早く市場を押さえたものが勝つからである。後発になるほど認知されるための宣伝コストがかさむし、提携しようにも優良コンテンツは押さえられている。後からのこのこやって来ても遅いのだ。

 このスビート感は、ビジネスの戦略上要請されているのだが、そもそもは参入コストが安いというネットの特性に由来しているように思える。誰でも参加できるからこそ、早くやってしまう必要があるのだ。ネットはビジネスの進化のスピードを加速すると同時に、人びとの職業意識も大きく変えつつあるのだろう。

○顧客志向

 電脳隊社長の川邊健太郎はこう語る。
「"こんなことをやろう"という知識をつくって、それをすぐにアプリケーションソフトに落とし込んでサービスできちゃうところがネットの特長です。躊躇するよりも、やってしまった方が早い。ロジスティクス(実際の商品の配送や流通など)が入ってくると金がかかるけど、うまく行くことがわかれば他社を巻き込むことができるわけですから。また失敗したとしても、撤退が楽なんです」
 電脳隊の幹部は、恵比寿駅周辺の同じマンションに住んでいる。このマンションにはネットが入っているし、家でアイデアを思いついたら書き起こして、その紙を隣に住んでいる幹部の部屋のドアをドンドン叩いて放り込む。翌朝一番で会議をやるのである。川邊はいつ、どこででも知恵をつくろうとしているし、思いついたらそれを共有して拡げていく。このスピードが勝負だ。速さで大企業を圧倒しようとしているかのようである。
 ビズシークの小澤ならこう言う。
「僕の実家のホテルの宴会場の天井が低いとお客さんに言われると、申し訳ございませんと頭を下げるしかない。でもネットだと、お客さんに"こうしたた方がいいよ"と言われると、その日のうちに簡単にプログラムをいじってサイトを直すことができます。良い悪いを即座にお客さんに指摘してもらえるのはありがたいですね」
 ここにスピードと裏腹のネットの特質、顧客との距離の近さがある。これは顧客志向に簡単に転換する特質だ。そうならない会社は早々に市場から退出していただくしかない。気まぐれなネット利用者がサイトに二度と来てくれなくなったら、それまでなのだ。逆にブラウザーソフトの「お気に入り」「ブックマーク」に登録してくれたり、会員になってサイトの中で遊んでくれる人が増えれば、それは巨額の利益に結びつく"可能性がある"。指先をわずかに動かすクリックという動作をネットユーザーにさせるために、ネットベンチャーはあらゆる知恵を絞るのである。

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