岡本呻也著 文藝春秋刊 

ボツ原稿 ネットベンチャーに聞く「ネットビジネスの本質」



○インターネットの特性

次に、マネックスネ証券の松本大に、ネットビジネスについて語っていただこう。  「電話がビジネスの方法をまったく変えたように、すべての企業がネットを利用するようになるでしょうし、ネットを使って経済が発展するはずです。そば屋ですら、ネットを仕入れに使うようになるかもしれませんし」
 松本はグルメなので食べ物に譬える。ゴールドマン・サックスという外国金融機関にいた彼は、インターネットにはまったく無縁だった。しかし98年の春先、ある人物との酒飲み話でネットの可能性に目覚めてさせられる。その人物とはIIJ社長の鈴木幸1。日本初の商用プロバイダーをつくったネット伝導師の1人である。鈴木は松本のインターネットの師匠となりマネックスの出資者、役員ともなった。今、マネックス証券はIIJと同じビルに入居している。

 「ネットには無限の可能性があるけど、現状では、かなりいい加減なインフラだと考えていただいたほうがいいですよ。
 ネットはお金がかからない。店もいらないし、年齢もなにも関係なく誰でもビジネスを始めることができます。サイトの上で見えているところだけが勝負ですからね。参入機会が広いんですよ。インフラとして極端に安いのに、ちゃんとセキュリティの機能もついていて、双方向の商取引ができる機能がある。今はまだ通信速度が遅いけど、そのうちデータ量も増えてくるでしょう」
 63年生まれの松本は、東京大学法学部卒業後、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券に入社。3年後、ゴールドマン・サックスへ移籍。高度な金融手法を使った取引のスキームを立ち上げ、90年には30歳で同社のパートナー(共同経営者)に選ばれた。史上最年少である。パートナー制の会社でパートナーになるということは上がりのポストであり、ゴールドマン・サックスのパートナーはウォール街最高の名誉とされている。。しかも同社は99年5月に株式を公開した。パートナーの座を占めていれば、松本は20億円程度の資産を得るはずであった。ところが98年2月に彼は退社。翌年4月にマネックス証券を興す。
 「だってね、株価は将来の収益に対してつきますから、それは先輩の残してくれたものと、後輩たちが受けるべき利益の先取りなんですよ。130年続いた会社で、たまたま公開した時にパートナーをやっていたからお金をもらったとしたら、信義上辞められないでしょう。
 でも僕は、ネットの特性はある程度理解していたし、金融の本質もわかってるし、オンライン証券は誰かがやらなきゃあしょうがないと思ってた。
 譬えていうとね、カジノでゲームをしていて、"チップやるから、お前これから3時間プレーするな"といわれるようなものですよ。でも、僕は"いや、僕はチップをもらうよりこれから3時間プレーする方を取る。だってそっちの方がいい目が出るかもしれないし、もっと儲かるかもしれないから"という決断をしたということですよ。何もしないほうがリスクがありますからね。」

 97年4月、大蔵省関連の3審議会は相次いで金融自由化の方向を打ち出し、「金融ビックバン(大爆発)」という何だかわからない言葉が経済メディアに溢れた。これで何が起こるのかわかっている人間は誰もいなかったのだが、松本は、「何がどうなるのか調べてやろう」と思い、行政から銀行、機関投資家まで話を聞いてみた。
 結論として得られたのは、「日本の金融の流れは変わるかもしれない」という見通しだった。銀行の中身を調べてみると、ネガティブな資産が多く、支店や社員が多くて非常に大きなコストを荷物として背負っている。
 松本は今まで大手機関投資家や企業相手の取引しかやったことがなかった。ネットを使えば支店をつくらなくても個人向け金融ビジネスを手掛けることができるだろう。
 金融の本質はリスクとリターンの関係だ。大衆全体が市場に参加する場合、リターンを上げるためには取引コストを下げるしかない。逆にそれをやった会社は勝てるという確信が彼にはあった。このビジネスに対する参入障壁は低くなった。しかも既存の金融機関は荷物を手一杯かかえているので、オンライン証券にはコスト競争力があるはずだ。
 「誰でもできるのに、まだこういうビジネスは日本になかったし、誰が勝つかもわからない。僕は個人相手のビジネスも、株も、営業も経験はないけれど、まだないビジネスだからその点が自分に不利になるとは思わなかった。じゃあ参加しようと思ったんです」
 このコスト切り詰めこそ、ネットビジネスの鍵のひとつである。なぜなら誰でも参入できるので、インフラやオペレーションのコストを削って安くて良質のサービスを提供する必要があるからだ。
 同業のオンライン証券各社は手数料をギリギリまで切り詰めて体力勝負をやっていると前述したが、これは安さを強調して早く顧客を集めたところが勝つという戦略によるのがひとつの理由である。その裏返しとして、アクセス数がどんどん伸びてもサイトに対するコストは一定だから顧客数が増えれば増えるほど、儲かるという傾向がある。これをスケール・アビリティという。であるならば、サイト自体はお金をかけてつくってもよいが、それ以外のインフラやオペレーションの経費はどんどん絞って安いサービス料で客を呼び込んだほうがいい、という競争をやっているわけだ。
 ネットベンチャーの経費を分析すると、彼らは何でも自前でやってしまうので、人件費、家賃以外は、サーバーの費用と広告宣伝費ということになる。ビズシークはサーバーすら自前でつくってしまうので、バランスシートの資産項目に載せるものがない状態だ。とすると問題は、いかにサイトの知名度を上げて客を呼び込むかである。
 松本の関心はまさにそこにあった。技術的な問題はIIJに頼めばよい。だからマネックス証券は、皇居に近い竹橋のIIJのビルの2階にある。どんな資源でも代替可能である。しかし松本個人がベンチャーを立ち上げるとして、いくら外資系金融機関のパートナーといっても、そんなことを知る投資家は少数だ。松本が狙っているのは大衆である。金で買えないものは個人に対する信用だ。ではどうするか。

 98年11月、松本はソニー社長の出井伸之と会食するチャンスを掴む。彼は出井を説得し、ソニーの出資を呼び込むことに成功した。そして11月末に、退社する。ソニーの看板を使えることが、このビジネスの勝敗を分けると考えていたのだろう。マネックス証券のホームページにアクセスすると、同社の大きなロゴの下に「マネックス証券はソニーが出資する証券会社です」という文字が誇らしげに流れている。出井と松本が握手する姿は何度も繰り返し報道された。その効果たるや絶大なものがある。他のオンライン証券は莫大な費用を払ってテレビコマーシャルを流しているが、マネックス証券は一切そうしたプロモーションを行っていない。しかしメディアの取材は積極的に受けている。

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