岡本呻也著 文藝春秋刊 

iモード世界へ

 ドコモは99年12月に香港の携帯電話事業者ハチソンに19%の資本参加を行い、5月にオランダの通信事業者KPNの子会社株を15%取得した。韓国のSKテレコム、アメリカのボイスストリーム・ワイヤレスへの20%程度の出資も報じられている。フィンランド最大手のソネラとも連合して、世界全域で携帯電話網構築を構想しているようだ。そのため、1兆円規模の増資も検討しているようだ。
 世界最大の携帯電話連合はJフォンが加盟するボーダーフォン・エアタッチ連合であるが、次世代携帯電話で先行することにより、ボーダフォン・エアタッチを追撃する構えだ。提携を考えていたイギリスのオレンジはフランス・テレコムに買収され、激しいつばぜり合いが演じられている。
 既に2000年春からヨーロッパでもアジアでも、携帯電話によるネット接続がスタートした。イギリスや韓国では、集金代行も行われている。2010年には、全世界で35億人が携帯電話を手にするとの予測すらあるのだ。

 iモードの成功がこうした世界市場における競争において、後発ながらもドコモに優位性をもたらしている。インターネットと携帯電話の組み合わせ、コンテンツ運営の巧みさが力あったとはいえ、誰もやったことのないことへの果敢な挑戦がこれだけの価値を生み出したという事実の重みは銘記すべきことではないだろうか。
 ドコモに夏野を誘った松永真理は、一仕事を終えて、2000年3月末でドコモを退社。7月に女性向けコミュニティサイト、イー・ウーマンのエディトリアル・ディレクターとしてメディアの前に再び姿を現し注目を浴びた。彼女と組んでこの会社の社長を務めるのは佐々木かをり。ユニカルインターナショナル社長であり、板倉も所属した若手起業家の交流の場YEOの2代目代表であった女性である。この働く女性の代表選手のような2人が手を組んで、またしても新しいビジネスづくりに乗り出そうというのである。それは新たな価値を創り出そうとする試みである。
 サイバードの真田は我が身を振り返って語る。
 「アクセスにいた時は、俺たちが情報家電で新しい世の中をつくるんだと本気で思っていました。Qネットの時は、俺たちが新しいメディアをつくるマーケットリーダーだと思っていた。リョーマの時ですら、俺たちが21世紀をつくると思い込んでやってたんです。
 サイバードを始める時は、今までの経験もあって、今度こそこの新しい携帯向けコンテンツの市場を潰さないぞと思っていました。iモードを自分たちで育て、日本から携帯の文化を発信すると思い込んでいた。
 サイバードは会社設立時に資本金として9000万円用意したわけでけすが、9000万円あればカラオケ屋をやることだってできるわけですよ。その方が儲けがわかりやすい。でもわれわれは、そんな二番煎じ三番煎じの商売をやろうなんてこれっぽっちも思いませんでしたね。
 新しいものをつくらなければぜんぜん意味がないですよ」

 ベンチャーとは、無から有をつくり出す人のことである。この本に登場したほとんどの経営者たちはまだ世の中にないものをゼロからつくり、価値を生み出してきた人たちだ。かなりぶっきらぼうで、社会的不適応で、だらしないところもあるが、自分がリスクをとって新しい価値を生み、結果として社会を前進させる原動力になるという長所の前ではそれらの欠点も霞んでしまうように思う。
 ここまで本書を読み進まれた方は、ドコモの成功を「うまくやったな」と指をくわえて見ているようでは、まだまだ本書の購入費を回収していないことになるだろう。堀がキャリアに対して執拗に「携帯電話にネットを載せましょう」と運動していたことを考えると、あるいは松永や夏野のようなNTTの外部の人間がiモードのコンセプトをつくったことを考えあわせると、誰がこのドコモの成功を手中にしていてもおかしくなかったのではないか。
 とすると誰でも新会社を興して、どこか有力な外国のキャリアの資本力を頼んでネット携帯電話事業に乗り出すことができたかもしれない。外資規制により免許が降りないというなら、「携帯+ネット」というビジネスモデル特許を取って、まだ通信業に参入していない国内大手企業から出資を仰ぐこともできたかもしれない。ネット接続携帯電話の事業化は、実はベンチャーにも可能だったかもしれないのである。ドコモがその果実を手にできたのは、順当な結果でもなんでもなく、榎チーム以下の知恵と努力があったからに他ならない。榎は「でもソニーには僕みたいな人間はいっぱいいるそうですよ」と言うが、保守的な体質の組織の中でうまく異物の長所を伸ばす手腕は並大抵のものではないだろう。
 「あれはできない。これは無理だ」といちいち障害を気にしていては何も始まらない。上杉鷹山の「為せば成る」ではないが、われわれの前にはできないことなど一つもないのである。「やらない」から「できていない」だけなのだ。まずトライする気持ちが尊いのである。
 ベンチャーであろうが大企業であろうが、目標達成のために邪魔なものをどうすれば排除できるか、ひとつひとつ知恵を使ってクリアしていけば、必ず目標に到達できる。これは真理だ。それを知らぬ人間は知らずともよいが、新たな価値をつくろうと努力を払っている人間の邪魔立てをせず静かにしておくことだ。

 それともう一つ大事なことがある。
 「いやあ、iモードは電々公社に対する私の恩返しですよ。なんせ20年間遊ばせてもらいましたからねえ」
 と笑いながら語るiモード開発責任者の榎は、インタビューの最後をこう締め括った。
 「マリさんや夏野君と出会うことができたのはほんとうにラッキーだったと思います。コンテンツ・プロバイダー側も、iモードをつくったわれわれと会えてラッキーだったろうし、われわれも彼らと会えてラッキーだった。
 全体的に言うと人との出会い、人との繋がりってことだったんでしょうね」
 だが人との出会いは自ら求めなければ得られるものではない。インターネットとは、単に利便を与えるだけでなく、出会いの機会を拡げ、価値を創出するチャンスをこれまでになく豊かにするものである。それこそがネットがもたらしてくれた最大の価値だと私は信じる。だが、人は本来、ネットの助けなど借りなくても出会いの輪を広げていくことができるはずなのだ。
 そして人は人に対して、想像以上に大きなものを与え合うことができる。知恵、思想、人脈、カネも含めたあらゆる資源……。新しいものは全て、自分がつくり出さない限り他人から与えられる。
 この本質を弁え、誰が有望な資源を持っているのかを把握し、ネットの可能性を活かしてそれらを最適に組み合わせることができたものこそ、ネットベンチャーとして大きく羽ばたくことができたのである。出会いがなければ何も生まれない。出会いを活かす者は、新しい世をつくることができる。これまでは、そして今後もまた。


本編了

 (文中敬称略)

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