岡本呻也著 文藝春秋刊 

「失われた10年」から抜け出すための切り札

 2000年に入って、携帯電話の急速な普及もあり、サイバードの業界での地位は急上昇した。コンテンツの持ち込み企画も多くなり、上場企業やリクルートなど大手企業との提携も相次いだ。
 熱烈な転職志望者も多く、腕利きの営業マンや、技術陣では助教授クラスの俊秀も採用するようになり、次世代携帯電話や携帯電話以外へのコンテンツ提供を目指して先を睨んだ開発を続けている。また、業界内でのサイバード・ファンから様々な情報を得られるまでになったが、この無形のメリットは非常に大きい。
 そしてこの会社には、半導体でパソコン市場を制覇したあのインテルが、対日本企業として初めて出資した。サイバードの役員会では全員が両手を挙げてこの出資を歓迎したという(3カ月後には、コンテンツ・プロバイダーのドワンゴ他数社も出資を表明)。
 一時はビル・ゲイツのマイクロソフトとWin-Winパートナーシップを組んだインテルは経営戦略の軸足をパソコンからネットワークに移すと宣言している。ネットワークに繋がっていればパソコンでなくともよいということである。そしてネットワーク端末の中でも最有力なのが携帯電話であり、そこに世界で初めてインターネットを持ち込んだiモードということになる。インテルが行うネット・コンテンツ事業への投資も含めた方向転換、その足掛かりとして同社はサイバードを選んだ。サイバードの幹部たちも海外出張の機会が極端に増えてきた。

 2000年4月以降、キャリア3社は次世代携帯電話「IMT2000」規格の事業申請を行った。サービス開始時期の2001年5月から2005年末までに、人口の90%をカバーするため、各社は1兆円近い設備投資を行うことになる。
 その他携帯電話の部品であるメモリー、線条製品、液晶表示装置、電池などにも大量の需要が見込まれ、メーカー各社は増産のための設備投資に走り始めた。携帯電話を今後の戦略商品と位置付けた大手エレクトロニクスメーカーもある。携帯電話は、パソコンを超える大型商品として、この「失われた10年」の沈滞から日本経済が抜け出すための切り札とまで期待されるようになった。
 この携帯ブームにiモードが果した役割はあまりにも大きい。ネット接続は情報端末としての携帯電話の有効性を社会全体に意識づけた。iモードのユーザー数は2000年8月6日に1000万人を突破。月に5万人ずつ増えている。ドコモのメニューリストに掲載されている企業数は587社、それ以外のiモードに対応する一般サイトは1万8700件をそれぞれ超えている。これはドコモユーザー3150万人まで限りなく近づき、その数字を抜くことになるだろう。加入ペースが早いために、iモードのパケット通信網とインターネットをつなぐiモードセンターがパンク。輻輳障害が発生して5月末までiモード対応電話機の出荷を半分に制限する騒ぎまでになった。
 1年前には影も形もなかったものが、爆発的に広がってこれだけの実体になった。そしてそこに多くのビジネスチャンスも生まれた。
 バンダイの提供する「いつでもキャラっぱ」のユーザーは130万人を突破。林俊樹は4月に執行役員となった。バンダイ本社を持ち株会社化しようという構想の中で、林麾下のネットワーク事業部を子会社として独立させて株式公開してしまおうという案まで、経営陣の間に浮上してきた。なんと、旗上げ当時に林が掲げた「ナスダック公開を」が現実感を帯びてきたのである。まさに嘘から出た実である。
 「うちの給与体系だとIT業界の人は採れないんですよ。独立すれば給与水準を変えて人が採れるので、それが一番の目的です」
 と林は笑う。今後は、ネット携帯電話の国際的な普及を見据えて、「国際コンテンツ流通問屋」になることを狙うそうだ。同事業部の持つコンテンツ企画、システム設計、サーバー運営、ファイル管理などのノウハウを、コンテンツ・プロバイダーへの参入を狙う各企業に提供していこうというのである。
 「海外からも、うちでやっているような5分間の暇潰しゲームをやりたいという引き合いがあります。そういうのにも応えていきたいし、国際的問屋スキームをつくってみせます。まだまだこれからですよ」

 サイバードは、50番組を提供。社員は100人に増えた。戦略としては、全キャリアと取り引きがある唯一の企業であり、かつ携帯コンテンツに特化していて他のビジネスをやっていないという強みを生かして、「携帯コンテンツ・ハブ」の地位確立を狙っている。
 ハブとは車軸のこと。自社資源を利用して携帯電話コンテンツ・ビジネスに乗り出そうとする企業に対して、「国内だけじゃなく海外のキャリアや、他の携帯端末を含めた全ての端末へのポータルになりますよ」ということだ。専務で企画担当の岩井は言う。
 「いろいろなジャンルのコンテンツがあります。マニアが存在する分野はビジネスになるんです。iモード1000万人の1%でも10万人ですからね。たとえばワイン。店で飲んだワインが気に入ったら、その場でワイン辞典を呼び出して確認し、自分のワインリストに加えることもできるし、選んでクリックしたら300種類以上のワインが家に届くというコンテンツがあります。あるいは釣りチャンネルでは、自分の釣った魚の写真を撮ってサイトに掲載することもできます。
 携帯コンテンツのビジネスしかやっていない当社とは、各企業さんは提携しやすいのではないでしょうか。だからより規模のメリットが狙えます。なにかアイデアや企画の持ち込みがあって、ある程度ネタが良ければ、"どうすれば実現できるだろうか"と考えて、企画ができたら、僕はすぐキャリアさんに持っていきます。もしキャリアさんのOKが出れば、すぐ開発に取りかかる。この業界、3カ月後には世界ががらりと変わってしまいます。だから1カ月も返事を放ったらかしにされるような大企業さんとはちょっとお付き合いが難しいですね」
 サイバードの幹部は、コンテンツ・ハブという大きな構想を描き、キーワードを一つ一つ組み立てて、それを実現するためには各々の提携先とどのようなパートナーシップを描くかを考えつつ、戦略的に行動しているようだ。経済メディアは好んで同社を取り上げ始めた。メディアへの露出と認知度の向上は提携先との交渉力が上がることを意味する。これも彼らの戦略の一環である。
 同社の2000年3月期の売上高は4億円。これが1年後には40億円となり、その後も上昇角度を上げていく予定になっている。
 国内を固めたら次は海外だ。堀は、昔、関西のキャリアの担当者相手にやっていたような営業を、達者な英語を駆使して、今度は海外のキャリア相手に始めている。
 「携帯電話のここにね、ゲームが飛んで来るんですよ」
 しかし今回は、以前のように邪険にあしらわれることはない。今やネットの力を知らぬ者はいないからだ。しかも彼はキャリアのビジネスモデルを熟知している。ショートメールからWAP、iモードに至る彼の知識に外国のキャリアの担当者は耳を傾ける。かつ彼の言葉には、現実の苦難を乗り越えてきた迫力が加わる。
 「携帯電話が、テレビやビデオや、コールセンターの代替品と考えれば、これは石油に近い性質を持つものだと思うんです。つまり、石油と同じように、世界中の全ての産業が必要とする技術になるでしょう。
 そこでわれわれは、世界の全ての企業に向かって"一緒にやりましょう"と呼びかけることができます。われわれはアウトソース先ではなく、パートナーであるということ。それがわれわれの戦略であり、プライドなんです」
 サイバードは世界に飛んだ。

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