岡本呻也著 文藝春秋刊 

事故の教訓

 最後発のJフォンが12月にJスカイウェブでネット接続に参入したが、サイバードはここでもAJA@を筆頭に10本もの番組をメニューに載せることに成功した。
 サイバードは燃えていた。8月には社員も10人になり、もう一部屋貸りて面積も倍増する。そして一つだった脳みそも役割分化してきた。考える人=岩井、つくる人=真田、それが実行できる環境を実現する人=堀、後にこれに「売ってくる人」が加わることになる。
 銕は真田を突き上げた。
 「こんなにたくさんのコンテンツ開発は、僕だけじゃできっこありませんよ。限界です。エンジニアを入れてください。ネットワークと、開発のプログラム書きと、サイトの運用管理をトータルで見られる人でないとだめですから、なかなか探すのは難しいですよ」
 真田は堀を突き上げた。
 「エンジニアを採らないと、開発が限界や」
 「せやけどね真田さん、まだうちはやっと一瞬だけ単月黒転したとこですよ。やりたいことはいろいろあるし、人件費が増えたらまた赤字に逆戻りでしょう」
 キャッシュフローを見ているのは堀だけである。実はこの8月、キャッシュフローは危機ラインを突破していた。下手なことをすると黒字倒産のピンチである。サイバードは剣が峰を歩いていたのだ。当時の堀の頭の中には、とりあえず何かあった時のための余裕資金を準備することしかなかった。この石橋主義の経営者は実際に資金を都合したが、結局そのカネの出番はなかった。キャッシュフローが改善したためである。
 「これだけ開発スケジュールが詰まっていると、一つ歯車が狂うと開発が間に合わなくなる可能性があります。要はバランスの問題だから、このテンポを保つために技術者を増やすか、しばらく営業を止めるか、あるいはサービス開始までの期間を伸ばすか、この3つの手があると思いますがね」
 「しかし企画部員やったらネットの無料ポータルサイトに載せたらかなり優秀なん来るけど、エンジニアは来ませんからね。採用コストがかかるなあ。せっかくキャリアに企画が通ったんやから、サービスは早く始めたいし……」
 堀は渋ったが、真田は引き下がらなかった。真田は堀の商売のセンスと吝いところを高く評価していた。「手の平に乗ってないカネはカネじゃないからアテにせん」という堀の手固さが、自分に暴走の防波堤になるだろうと思っていたのだ。
 早く儲けを出したいのは真田も同じである。だが「どうやらこの商売は本物だ」という実感が湧いてきた。
 「リスクを取っても大丈夫なのではないか。いやしかし、Qネットの時はうまく行かなかった時のコストを考えずに突っ込んで抜き差しならないことになり、大勢の人に迷惑をかける結果になってしまった。自分のリスクの概念があまりに甘かった」という認識が真田のトラウマになっていた。9月にやっと技術系就職雑誌を使って3人採用したが、それでもこの仕事量では人が到底足りなかった。真田は煩悶した。

 8月27日、インターキューが株式公開に成功したことで、市場の目は一斉にネット株に注がれた。目立つ広報活動などしていなかった、というよりする余裕などまったくなかったサイバードにも、夏には証券会社の公開担当者やベンチャーキャピタルが押しかけてくるようになった。
 「公開やて、なん言うとんねん。僕らこんなんやで。アホとちゃうか」
 と堀。不快ではないが本気にもできない。しかしVCが提示する増資の提示額はとんでもない金額である。資金は咽から手が出るほど欲しい。役員会でも株式公開すべきかどうかが議論になったが、自然と株式公開しようという方向に意識づけられていった。
 真田にとっては、玉置や西山のいたインターキューの公開よりも、7月のグッドウィルの株式公開の方がショッキングな事件だった。社長を務めていた佐藤修は、三田倶楽部で一緒に暮らしていた、そしてQネットの役員であった仲間だ。同社の公開では額面5万円の株に2300万円の初値がついた。このことに、多くが経営者になっていたQネット関係者は「次は俺の番だ」と勇気づけられた。そして実際にインターキューがすぐそれに続いたのである。
 真田にとっても同じ釜の飯を食べた友人の会社が株式公開するというのは衝撃だったが、Qネットの時も株式公開を考えてから会社がおかしくなったのではなかったか。広告宣伝費が膨れ上がったところで規制がかかって経営がおかしくなってしまった。一方で静かに2ショットをやっていた会社が今生き残っているわけだ。そこから業態を転換したインターキューはその代表である。焦りはあるが、公開を目指すのはまだ早いのでは。しかし資金は捨てがたい……。
 「それより技術スタッフを増員しないと、12月のJスカイウェブのサービスインまでに開発が間に合わない。間に合ったとしても運用ができへんかも、いや、下手したら止まるかもしれんで」
 役員会の席で真田は訴えた。堀は、またかという表情で顔を顰める。
 「僕は人を増やすのは慎重にした方がええと思うけど」
 「でも企画部員は採用しとるやん」
 「ウェブマスターは兼任できませんからね。一人が一つの番組を運営するという形じゃないと」
 「じゃあやっぱり、拡大路線に転換してちゃんと技術者を採用したほうがええんちゃいますか。波伝説でわかったことがあんねん。波のiモードユーザーの加入率は0.8%。夏には1.2%行った。つまりQ2でウケた企画はiモードでもいけるということ。するとどう考えても占いは波の倍行くはず。ということは、これは損益計算書より、ユーザーを増やして場所を押さえたほうが勝ちパターンになるんやないですか。
 このままで行くとサービスが止まるかもしれん。そうなったらサイバードの信用にかかわる」
 真田が語調を強め、堀も「そんなこと言っても、キャッシュがなくなると会社は潰れるんですよ」と応酬する。役員の間に険悪な空気が流れた。ややあって迷っていた堀が口を開く。
 「ここはやっぱり、真田さんには今の体制で頑張ってもらえませんか。株式公開に向けて準備を進めるとして、年末にVCなどから増資を受けますから、それから技術スタッフを採用するというのではどうです」
 真田は黙って引き下がるしかなかった。技術部と企画部は力をあわせて大車輪で働き、12月までに大量のコンテンツを準備した。

 そして12月10日、Jスカイウェブがサービスを開始した。
 この日、サイバードは止まった。恐れていた事態が起こったのである。
 異変は、サービス開始前から起こっていた。テストしても、画面が出てこない。文字化けする。バグがまたバグを呼んで、サーバーの中でループ(堂々巡り)しているのだ。
 「このままじゃやばいですよ」
 銕からの報告を聞いた堀は、状況を分析し、強いショックを受けた。
 「これは全てのサービスを間に合わせるのは無理や。
 モバイル・コンテンツのトップ企業として内外の超一流会社と続々と提携交渉を進めているわれわれの足元は、実際のところはこんな状態なのか。これではどうにもならん。
 僕らは、いったい何様のつもりやったんやろう……」
 嘆くより先に、目前の危機に対処しなければならない。まず、全てのコンテンツの完成を諦めた。今や、どのサイトに資源を集中すれば一番ダメージが少ないのかが、判断すべき問題となっていた。
 まさに断腸の思い。せっかくコンテンツの企画が通っているのに、サービスを始めることができない。今まで長い間かかって築き上げたキャリアの信頼も裏切ってしまうことになる。全てが失われる瀬戸際まで堀は追い詰められた。
 全員総掛かりで、占い、海外情報、電話帳など6つの番組はなんとか形だけ間に合わせたのだが、完成度は低い。サービスが始まると、サーバーはたびたび落ち、キャリアからもユーザーからの怒りの電話がかかってくる。社内はパニックに陥った。
 Jフォンに出向いて深々と頭を下げたこの日の夜、掘は緊急役員会を招集した。
 「僕は考え方を変えました。一から、初めからつくり直すしかありません。
 これはわれわれの尊厳にかかわる問題です。今までは小手先のごまかしでも乗り切れると思っていたが、お客さんに迷惑をかけたら元も子もないねん。これからは責任を持ったサービスをつくれる体制を目指します。それが僕らのプロとしてのプライドだし、それができなければ提携なんかできない。
 人材募集には幾ら金をかけてもいい。開発でも、サーバー購入でも必要なカネは全部出します。使うべきカネは使うと、完全に方向転換します。全てを一流にして、それから僕らが目指すビジネスに取り組むようにしましょう」
 資金繰りに責任を持つ立場の堀としては、社員を増やしたり、高性能サーバーを買ったり、事務スペースを貸し増すのはなるべく避けたかったことは理解できる。経営者とは、そういう人種なのである。これだけは働こうが働くまいが毎月決まった給金を支給されるサラリーマンには実感しにくいものだ。事業は未知数のリスクの中を浮遊しているようなものである。サラリーマンの生活を保障する側の心労たるや尋常なものではない。
 だが堀は、このピンチに際会して、腹を括った。
 ポイント・オブ・ノーリターンを越える決心がついたのである。計算したリスクを取って、出資で受け入れたカネを最大限回転させ、日本一の携帯コンテンツ会社になる。さらにはiモードと共に世界に進出して世界市場で勝負する、慎重な堀をそう思い切らせるのに、この事故は十分だった。
 また、この年末以後は毎月のように億単位の高額増資が受けられるようになっていたという環境変化も助け船になった。
 おそらく、ここが勝負の分かれ目だったのだろう。板倉雄一郎は、ハイパーネットのシステム異常が発生した時、社内体勢を立て直さず、ナスダック上場に賭けてアメリカ市場への投資を加速した。だが堀は足元を見つめ直そうとした。まず足元で、儲けが儲けを呼ぶ拡大再生産のループを完成しなければ、いくらネットのビジネスモデルに国際的な普遍性があっても、海外進出など絵空事でしかないのである。

 堀は経営者として、社内体制を一挙に建て直した。12月に社員30名になっていたサイバードだったが、その後の3カ月で10名ずつ増員して倍の規模にした。オフィスも第23森ビルの空いた部屋を次々に借り850平米まで拡張。2階、7階、10階、11階と分散しているので、幹部は携帯電話でお互いの位置を確認するようになる。
 技術者が数千万円もするサーバー購入の稟議を出しても、堀は「なんでこんなん要るねん」とは言わなくなった。ただ「これで十分か」と訊くだけである。
 「オレらは"世界のサイバード"になんねん。これからは責任を持ってやっていかなあかんねん。ユーザーが喜ぶことなら何でもやれ、カネは用意する」
 3月までには、社員の顔から悲壮感が消え、自信と誇りがそれに入れ替わった。
 気持ちのいい話ではあるが、それは同社が商人の目の子勘定で許される世界から、より高度なリスク管理が要求される近代的な経営の世界に踏み込んだことを意味している。このような踏み込んだ責任看取がすべてのベンチャー経営者に必要であるとは筆者は考えていない。ひょっとすると、それを経ない成功パターンもあるかもしれない。しかし成功したどの経営者も程度の差はあれ、ある時期腹を括った勝負をやり、それにより大きく会社を発展させるという傾向はあると思う。後になって「転機」として振り返る部分である。そしてその時、経営者は精神的にも大きな変質を遂げる。

 堀の場合、高校時代以来、物事を一歩先取りして行動するというある種の天才性があって、周囲と不調和を起す傾向があり、「自分を理解して欲しい、自分の正しさを証明したい」という欲求が事業家であった祖父の影響と合わさって起業という方向に向かっていた。
 だから「携帯電話でインターネットを」という無謀とも思える主張の正しさを証明する自己表現の手段として、会社を無難に立ち上げる必要があったのだが、「行けるところまで行ってやる」と一歩踏み込んだ瞬間から、世の中に売り上げ以外の何を残していけるかが問題だ」という観念が堀の胸の中に強烈に芽生えてきた。
 「ぼくは今まったく新しい仕事に挑戦しようとしているわけですし、今までなかったものをつくって皆さんに便宜を与えて喜んでもらいたい。それを一緒にやっていく仲間を世界中につくっていきたいということが、今は僕の目標になっているんです。
 ビジネスをやるということが自我の主張のレベルから、みんなにその観念を伝えていくこと、自分が帰属する社会からどれだけ望まれ、評価されるかが目標に変わりましたね。
 ある意味、僕自身も恐ろしい勢いで変わっていると思いますよ」
 彼もまた、自社の事業の世の中での役割意識とか、社会性に対する認識を獲得したということだろう。
 経営者が「儲からないなら、出すものは舌を出すのも嫌」と思っていては、企業が会社の中で生きていくことはできない。なぜなら企業も社会のネットワーク・コミュニティの中の一部分であり、そこに参加するためにはある種の参加費を払う必要があるからだ。単純に会社をつくって「どうだっ」という自己顕示は人には受容されない。企業が「こう変えたほうがみんなのためになりますよ」と提案し、そのコミュニティの参加者に利得を与え、またコミュニティ全体の福祉の増進にプラスの価値を付加すれば、社会的に称掲され、その地位を向上できるというのが本来の「企業市民」としてのあり方だ。逆にこの原則に逆らう会社に未来はあり得ないし、そのような会社が増えるとコミュニティの生産性は減少し、他のコミュニティとの競争に敗れてしまうだろう。
 そう、これはAJA@のようなコミュニティ・サイトにしても同じだし、ビットバレーの交流会やメーリングリストの運営にしてもまったく同じ原理が適用される。ネットワーク社会のルールなのである。だが、この世の中でネットワークに参画せず超然としていられる主体など存在するだろうか。

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