岡本呻也著 文藝春秋刊 

ダイヤルQ2の教訓を経て

 ところが真田は真田で、独自に起業を考えていた。起業家は独立心の固まりである。そうでなければ会社のどこかに居場所を見つけて、サラリーマンになることができるはずだ。
 彼はアクセスの仕事の中で幾つもの周辺ビジネスのアイデアを思いついていた。どのビジネスでいつ独立すべきかが課題であった。アイデアの中でたいして儲からなさそうなものを除いていくと最後に2つ残った。両方ともネットを通したコンテンツビジネスなのだが、対象は、一つはiモード、もう一つはデジタルテレビである。
 テレビにインターネットが繋がれば、iモード以上の巨大ビジネスになるかもしれないが課金が難しいだろう。ということは数は出るけど金が取れない今のサイトビジネスの状態と同じである。もしドコモが情報料の回収代行をやってくれれば、iモードは必ず一大ビジネスに大化けすると真田は確信していた。ところが既存のネット業界人はそうは思っていなかった。その頃までに有料情報を提供していたネットは全て敗退していたからである。「コンテンツは金を取れない」。それが世間の常識だった。
 だがQネットの発案者である真田は知っていた。支払い方法が簡単で安心できるものであるのならユーザーは金を払うのである。その意味でキャリアによる課金はベストな方法で、ダイヤルQ2ではユーザーはあまり意識をせずに情報料を支払っていた。これはQネットの時と同じで、インターネットの技術を使ってはいるがこれはネットではない。では何なのか。
 「iモード」なのである。
 つまりiモードという新しい習慣に対して金を払うのだ。これがiモードの本質である。
 それが証拠に、iモードのメニュー表には一言も「これはインターネットです」とは書いていない。インターネットと思われたら失敗なのだ。これこそiモードと他のキャリアが提供するサービスの根本的な差だ。
 真田は「iモードは収金代行をするらしい」という情報を掴んだ時点で、コンテンツ・プロバイダーとして独立起業することを決めた。
 iモードはダイヤルQ2サービスの欠陥を補う優れた点を備えている。まずQ2が世の中から抹殺された直接の理由は、電話加入者と利用者が違っていたことにある。子供が使ったQ2サービスへの高額請求に腹を立てた親がNTTに料金請求無効を訴え、大阪地裁・高裁でNTTが敗訴したのだ。だが、携帯電話の場合は固定電話と違って契約者と使用者が一致するし、パスワードを入力するので他人も使用できないから、この問題はクリアできる。
 それからQ2には誰でも番組提供を行うことができた。これに関してはドコモはコンテンツの公募はせず、番組内容を吟味するらしい。もう一つ、Q2は一分幾らという高額のサービスだったので、請求額が高額になる傾向があった。これも月額固定制で1番組300円程度ならまったく問題はない。
 こうしたQ2の欠陥をiモードはカバーしている。今なら参入者も少ないのでチャンスだ。収入は最低でもQ2程度は行くだろう。もう一つの利点は、Q2では接続数に応じたサーバーと回線を確保する必要があったし、ポータルを目指したQネットは全国にQネットセンターを配置する必要があった。しかしインターネットにはその必要がない。世界中同じアクセスコストだし、どんなにアクセスが集中しても繋がるのが遅くなるだけだ。
 起業の意志は固かったが、真田は今回は自分が社長をやろうとは考えていなかった。少なくとも「自分はカネをいじらない」と決めていたのは、Qネットの失敗で学んだこと、つまり彼は自分の得手不得手を見極め、社長の肩書きに未練はあったもののQネットの二の舞をより恐れたわけである。当時は銀行借り入れで資金を手当てする必要があったことも理由の一つだ。銀行はQネットを潰した真田には金を貸すまい。そこで事業のアイデアや戦略は自分で立案するが、誰か仲間に代表取締役をやってもらう必要がある。ところが以前からの仲間で手が空いている者はいない。玉置や西山はインターキューで株式公開に向けて邁進していた。加藤は自分で立ち上げた広告会社、日広のネット広告の受注が好調であった。
 元Qネットの社員は真田の影響下にあったせいか、会社をやっていたり役員として経営に参加していた者が多かったのである。今さら「辞めて俺と会社やらへん」と誘っても乗って来ない。
 出資者については「ネット商売で真田が行けると言ってるのなら金を出してやろう」という人もあり、こちらはなんとかなりそうな雰囲気だったが、いかせん人がいない。アクセスでの仕事は繁忙を極め土日も休みがなかった。人探しなどする時間はない。
 そうこうするうちに、毎週やり取している堀との電子メールの内容が熱を帯びてきた。どうやら彼の方は着々と会社設立の準備を進めているらしい。ついには堀から電話がかかってきて「一緒にやろうや」と誘われてしまう。
 「パラダイス・ウェブはやめてこちらに賭けるつもりやから」
 「でも僕の方も事業計画進めているからなあ」
 やんわりかわしたものの、真田も手が詰まっていたのである。堀からは「こっちはオムロンが乗ると言っている」と進捗を知らせるメールが入ってくる。
 「上京するから会おう」と連絡がくる。
 岩井という優秀な企画マン、オムロンという一流の出資者を揃えて持ってくるという。
 「今さら蹴られんわな。どっちみち社長は用意せなあんかし、どうやら彼は昔ディスコで見かけたときのぬるま湯の中で育ったボンボンという印象とは随分違うようだ。
 堀は商売については生まれついての鋭いセンスがあるようやし、95年の川久の倒産を経験してリスクへの恐怖心をしっかり持っているからありがたい。ここに自分が入ったらこの会社はきっとうまくいくに違いない」
 真田は徐々に堀と組むことに傾いていった。
 「わかりました。それでやりましょう」
 堀の粘り勝ちだった。

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