岡本呻也著 文藝春秋刊 

再起

 Qネットが潰れた後立ち上げた会社を3つとも潰した真田哲弥は、自分の生きるべき途を捜してさまよっていた。
 彼が発するオーラーに導かれた仲間たちが、青春の全てを投げ打って動いた、あの頃の輝きは失せ、真田はいまや俗塵にまみれてくすんだ日常を送っていた。しかし起業家精神だけはちろちろと灰の中でときどき炎を上げる熾のように心の中で静かに燃えていたのである。
 彼の耳にもインターネットなるものの存在は入ってきていた。アメリカからはヤフーを筆頭にネットベンチャーの華々しい成功が伝えられていた。ベッコアメなど、和製ネットベンチャーも勃興しつつあった。真田は通信関連となれば自分の領域だと思っている。指をくわえてみているようでは、ネットベンチャーの先駆けの沽券に関わる。雑誌をパラパラめくってみるが、これだけではよくわからない。しかしこれは何らかのビジネスにつながるはずだ。いや、何かやらないとまずいんじゃないのか。そこでパソコンを買ってきてモデムでインターネットに繋げてみる。本を読みながら自分でホームページを作ってみる。部屋の中でパソコンを前にし、真田は腕組みしながら考えた。
 「パソコン側のことがわかっても、ホームページのファイルが置いてあるサーバーのことがわからないので、どうにもビジネスのイメージがつかめない。どうやらサーバー側のことがわからないとネットビジネスには入れないらしいぞ。しかも世の中でこれだけ先行している会社があるんだから、同じことをやっても勝てっこない。じゃあ何をやったらいいのか。ビジネスとして難しいのかどうか、さっぱりわからんな。
 技術を勉強しなければネットビジネスの本丸には行けない。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。この迷路からなんとか脱出するためにも、一度ちゃんとしたサラリーマンをやって、ネットについて勉強してみるのもいいだろう」
 と、殊勝なことを考えた。毎月決まった給料がもらえて生活設計をすることができるというのも、今まで毎月資金繰りに追われていた身としては魅力だった。
 さて、どこに入ったものか。真田は技術系の就職情報誌を買ってきてつらつら眺め始めた。
 「サービス寄りではなく技術系の会社で、既にライバル企業が多いパソコン系の会社ではないところと……。おっ、ここなんかいいかもしれないな、情報家電みたいなまだ普及してない分野で、世の中の一歩先をやってるようだ。ここの面接に行ってみよう」
 真田がネクタイを締めて面接に向かったのは、中央線水道橋駅近くにあるアクセスの本社であった。

 アクセスは84年、社長の荒川亨が創業。
 当初はアスキーのようにソフトをつくってパソコンメーカーに売り込んでいた会社だったが、FA機器や携帯情報端末への組み込みソフトに徐々に特化してきた。ブラウザーソフトについては、ほとんどのメーカーがパソコン向け市場に食いついていったので、競合メーカーは世界でも数少なかった。
 特に94年にインターネットテレビのために副社長の鎌田富久らが開発した閲覧ソフト「ネットフロント」が成功を納め、事実上の業界標準になっていた。インターネットテレビ用に閲覧ソフトを開発することになったのだが、鎌田はブラウザの他に基本ソフト、通信プロトコル制御、メールソフトなどをモジュール化して開発。この後様々な端末やハードの注文が来た時に、モジュールを手直しして対応できるようにしたのである。この技術力が各メーカーに評価され、ドコモにも食い込むことができたのだ。
 面接でその荒川、鎌田の前に座った真田は、正直にQネットというベンチャーを立ち上げて潰したことを話していた。
 「僕は企画やマーケティングには自信があるし、営業もできると思います。でも開発はできないし、技術がわからないんですけど、できますか」
 「ええ、大丈夫ですよ。真田君は営業として技術者をマネージすればいいんですから。大丈夫、大丈夫」
 と社長の荒川。
 「つまりね、先方のメーカーさんの技術者から注文を聞いて、納期を聞いて、それでこちらの開発部隊のスケジュールを決めてその通りに開発させればいいんですよ。簡単でしょ」
 真田の方としては、最初からこの会社に求めるものははっきりしていた。
 ネット関係の技術的知識、
 ネット業界に人脈をつくること、
 優秀なエンジニアと知り合いになること、
 要するにアクセスへの就職を、ネット業界に飛び込んで起業するためのポータルと考えていたのである。その真田の腹を見透かしてかどうか、副社長の鎌田が尋ねた。
 「真田さんはいずれは独立して起業するつもりですか」
 真田はあまりにも自然に答えていた。
 「はい、そう思います」

 97年7月、真田はそれまでのベンチャー起業家の看板を下ろして、アクセス社員となっていた。堂々と独立を宣言して入社した真田も立派だったが、その彼を採用したアクセスの仕事ぶりも天晴れだった。
 100人近い会社で営業の社員はたった4人。真田はまず、ネット接続機能を持たせる予定のある家庭用ゲーム機の閲覧ソフト、メールソフトの営業に、先輩に同行する形で参加した。
 メーカー側の担当者と先輩の打ち合わせは、真田にとってはまったく宇宙人同士の会話を聞くがごとしであった。理解できる単語の方が少なくて、終った後に、「何か質問は」と訊かれたが、溜め息しか出てこなかった。
 営業マンは最初に、先方の技術者にアクセスのソフトの内容を説明し、彼らの質問に具体的に即答できなければならない。先方の企画担当者が出てきたときは「こんなことができないか」との、技術をまったく無視した要望にもうまく会わせる技が必要だ。注文をアクセスに持ち帰って、今度は自社の技術陣と相談して納期を決めるのだが、必ず開発は遅れるので、最終的には言い訳をする役割となる。
 それを1人20件から30件並行して抱えて走り回るのだ。だが真田のことだから専門用語に目を白黒させていたのは最初のうちだけで、すぐに水を得た魚のようにネット界を泳ぎ始めた。仕事はハードで毎日午前様だったが、知らないことを吸収できるのでエキサイティング、かつ面白かった。
 真田の環境は一変した。さらに何より営業先がITの先端企業である。これまで付き合ってきた、帳簿を手書きでつけていた連中とはレベルが違う。彼らは3年後に出る商品の基礎研究について真田に相談しているのである。これは面白くてたまらない。また、そうしたメーカーの社員たちと赤ちょうちんに行って、初めて「ああ、普通の人はこういう物の考え方をしてるんだ」と学ぶことが多かった。これまで真田の周囲にいたのは、ある種アウトサイダーだった。彼はここで初めて、堅実にエリートコースを歩いてきた人たちの物の見方や考え方に触れたわけである。
 ソフト界の王者マイクロソフトともコンペでぶつかることが多かったが、これを打ち負かすのは実に痛快である。やがて目が馴れてくるにつれて、起業の虫も顔を出す。ネット関連の新ビジネスのタネが見えてきた。鎌田がブラウザソフトをモジュールにして開発したように、注文されたものをその通りにつくるだけでなく、それを縦に伸ばしたり横に伸ばしたり、商社的に動いたりライセンス商売をしたりとひねりを加えれば、この商売の周りには金の卵がゴロゴロ転がっていると商機に敏い真田は思った。彼は社内で派生ビジネスの提案を様々行ったが、あまり相手にはしてはもらえなかったようだ。

 入社して日を置かずして、真田はドコモの新携帯電話(iモード)に搭載する閲覧ソフトの担当を命ぜられ、先輩と共にしょっちゅう横須賀サイエンスパークのドコモの研究所に足を運ぶことになる。
 アクセスは「HTMLベースで50K程度のメモリーで動作する仕様をつくることができる」と売り込んでいた。「じゃあもしうまく動いたら採用する可能性があるよ」ということで、携帯電話端末を作っている大手エレクトロニクスメーカー3社と共同で、パソコン上に小さなサイズの窓を模擬的につくり、そこで問題なくソフトが動くかどうかの実験することになった。真田は見積りを書いてテストを受注し、開発陣に投げてソフトをつくらせた。
 当然コンペはあったのだが、他社はパソコンの閲覧ソフトの機能をなるたけ削ってメモリーサイズを小さくする手法をとる。それに対してアクセスは、そもそもメモリーサイズの小さな家電などに組み込んで動くソフトを書いていたので、圧倒的な優位性があった。これを「コンパクトHTML」として、98年2月にインターネットの標準化団体であるW3Cにエレクトロニクスメーカー5社と一緒に提案、認定された。
 テストは成功し、何度かドコモとやり取りをするうち、97年末頃に「新携帯電話用のブラウザーの仕様としてコンパクトHTMLを採用する」と知らされた(ドコモは独自のドコモ仕様を使用)。真田は「へーっ、決まりなんだ」と思った。
 iモード仕様が決定すると、次の商売ができる。
 アクセスとしては「うちが開発したiモード端末搭載用の閲覧ソフトを採用していただけませんか」、と端末メーカーに営業するのである。真田も奔走し、アクセスは各社から閲覧ソフトの注文を取ることができた。
 といっても、見積を出して予算を取ってもらって……というような悠長な商売ではない。「売れる見込みがあれば予算が立つということであれば、見込みが立つように設計開発しますよ」と言って強引に売り込むのが営業の腕なのである。
 だから一個あたりのiモード携帯に組み込む閲覧ソフトがいったい幾らで売れるのかなどわからないうちに、もう話がスタートしてアクセスの開発陣はフル回転している状況であった。

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