岡本呻也著 文藝春秋刊 

松永真理と夏野剛

 97年6月、ハイパーネット副社長として絶望的な会社再建に尽力していた夏野剛の携帯電話が鳴った。この月韓国でも無料プロバイダーのハイパーシステムが稼働し、他の国とのライセンス契約の引き合いも来始めていたが、各銀行からの融資返済要求もますます募り、板倉は社長の座を降りて会長となっていた。
 「夏野君、私マリ。今度転職することになったんです」
 「へーっ、何やるんですか」
 「よくわからないけど、携帯電話でネットをやるらしいの」
 「へー、僕がやってることと似てるかもしれませんねえ」
 「ちょっと手伝ってくれないかしら」
 夏野はリクルートでアルバイトをしていたとき松永と知り合い、その後、社会人勉強会の東京円卓クラブの講師として彼女を招いたりしていた。そうした付き合いを通して、何かと松永のブレイン的に動くことがあった。松永には講演や審議会委員などのお呼びがかかることが多かったが、そうしたときに夏野らにアイデアを求めることがこれまでにもしばしばあったのだ。だからこの相談も唐突なものでも何でもない。松永は夏野を引っ張ってきて榎に会わせた。夏野はハイパーネットのネット事業のプランを立案していたので、インフラ系ネットビジネスについても十分理解している。
 榎は夏野を見て、「こいつはいい、インターネットのビジネスモデルがわかってる。彼にも来てもらおう」と思った。一方の夏野は話を聞いて、「これはまだネットのビジネスモデルになってないな」と受け取っていた。
 榎に協力を要請された夏野は、
 「いやあ、ハイパーネットとしてお付き合いをさせていただく方向もありますよ」
 と応えた。ハイパーネットを辞めるつもりなどなかった彼は、同社の仕事としてドコモのコンサルティングの仕事を受ける方向性を示したが、榎は、
 「いや、ハイパーネットということでなく、いろいろ教えていただけませんか」
 と申し入れる。
 「んー、個人ベースでアドバイスさせていただくということならいいですよ」
 夏野は7月からドコモに移った松永やマッキンゼーのコンサルタントたちに混じって夏ごろからディスカッションに参加し始めた。彼が東京ガスからハイパーネットに移ったときと、全く同じパターンである。

 夏野は振り返る。
 「インターネットというのは、一番効率的な技術が必ず勝つというインフラではないんです。技術の優秀性より、よく多くの人が使っているサービスの方が勝つ。だからユーザーが"使いたくなる"ものでなければならない。
 これは技術志向のある従来の通信事業者にはいまひとつわかりにくいものですよ。だからインターネットは僕が持ち込んだ価値だと思います。その次が目的達成のためのステップをどうするかですが、ドコモはインフラ屋なのでコンテンツをつくることができない。
 どうすればいいコンテンツを集められるかが問題でした。僕は"複雑系"の理論がかなり好きで、コンテンツプロバイダー(情報提供者)が最適な役割を来たすことで、iモードが最適なインフラになるだろうと思っていました。カギは、彼らがいかにいいコンテンツを提供したくなるプラットフォームを整備するかです。彼らにもわれわれにもメリットがある。Win-Winモデル(ともに勝者となる関係性)をどう構築するか、そこのところの方法論をつきつめて、事業計画書に落とし込む仕事でした」
 iモードのコンセプトはスタートの時点から、利用者と、パートナーであるコンテンツ・プロバイダーの利益を考えていたということだ。その中で情報料の回収代行のアイデアも出てきた。榎は言う。
 「われわれはコンテンツを買いたくない。それより優秀なコンテンツをユーザーに買ってもらうようにして、コンテンツ・プロバイダー同士で競ってもらったほうが、ユーザーにとっても、われわれにとっても、優秀なコンテンツプロバイダーにとってもいいという考えがこの夏のミーティングの頃からありました」
 マッキンゼーは「ドコモがコンテンツ・プロバイダーから情報を買い取る」というモデルを示していたが、これは退けられた。やがて「iモードを本格的にやりたいのでドコモに来てほしい」と言われた夏野はハイパーネットの副社長辞任を決断、9月からドコモのゲートウエイビジネス部に移籍した。
 「今でも申し訳ないと思っていますよ。先に逃げたような感じだし」
 しかし、この時点でハイパーネットの再建が可能だったという意見を持つ関係者には、私は会うことができなかった。

 夏野はポータルを強く意識していた。ポータルとして情報内容のポートフォリオをどうつくるか、全体で価値が出るメニューリストをつくることがドコモの役割だと認識していたのである。30万部の雑誌をつくるのと1000万人が使うインフラをつくるのはまったく次元が違う。インフラの場合は、提供側が理解できないような人種にも使ってもらわなければならないのだから。
 そこで夏野は97年の11月には、iモードで提供する情報を金融決済やチケット予約などの「取引系」、ニュースや天気予報などの「情報系」、電話帳や店情報などの「データベース系」、ゲームや占いなどの「エンターテイメント系」という4つのカテゴリーに分けたコンテンツポートフォリオを作成した。
 これにメールとメニューリスト以外のインターネット・サイトと音声通信を加えたものが、iモードの提供するサービスである。
 こうカテゴリーを分けると、たいがいの人は天気予報やニュースなどの「情報系コンテンツ」を中心に考え始める。理解しやすいからである。だが夏野は「取引系」に徹底的にこだわった。
 「もしiモードによって実際の商取引を効率化できれば、iモードはeコマースのインフラになるじゃないですか。僕はiモードを社会インフラにしたかった。
 ネット上の情報発信は情報の新しさが勝負ですが、もしリアルの商取引が効率化できれば、新しい価値を創造するということになりますよね。iモードの画面は小さいけど、取引系の場合はそこの見かけをよくするよりもデータベースが機能するという奥深さが勝負になってくる。
 新しいサービスを始めるときは、同じ泥船の上に何人載せられるか、"iモードが失敗したらたいへんだ"と思ってくれる参加者をどれだけ増やせるかが勝負です。いいプレイヤーにいっぱい乗ってもらえば、泥船が進み始めると金の船に変わるんですよ」
 夏野のチームは、ネット上で現在最強のサービスを行っている情報提供者を、各カテゴリー別にリストアップした。例えば当時のネット取引に非常に力を入れていた都市銀行は住友銀行と三和銀行だった。証券系ならどこか。ニュースをよく提供しているサイトを持っているメディアはどこか。書店であれば在庫数や配達のサービスはどこがいいのか。クッキング・レシピでよくできているサイトはどこか。
 またカテゴリーをバランス良く配置することも重要だった。エンターテイメント系の裏に、お堅いバンキングがあるからiモードなのだ。メニュー全体として価値を出したいと考えていたのである。
 だが、エンターテイメント系については、ハイパーネット時代に知っていたカラオケ配信会社くらいしか思い浮かばなかった。カラオケ会社にとっては、新曲をメニューからダウンロードしてもらえば既存のビジネスにとっての価値が出るのだが。

 榎チームでは各々が自分のスタンスをはっきりさせて議論を練り上げていった。ディスカッションの繰り返しでiモードの持つ価値として現実化する「知」が創出されていったのがある。
 榎は事業全体を総括する役割。自分では「社内を説得する役だった」と言う。NTT的体質の中では松永、夏野という外様2人を社内に引き込んで編み出したまったく新しいコンセプトを実際の形にしていくのに、かなり社内の風当たりが強かったことだろう。この2人だけでなく、10人以上の中途採用者がiモードに携わっていた。「榎が巧みにスピーカーとなり防波堤とならなければ、このプロジェクトがここまでうまく行っただろうか」と評価されている。
 「基本的には雑誌の編集と同じで、メニューを面白い構成にするということ。ネタは彼ら(松永、夏野)が見つけてくれましたよ」
 編集畑の松永は、徹底してユーザーの立場に立った。携帯電話を持って生活するとどのようなシーンがあるか。そこではどのようなサービスが求められるか。議論の中で出てきた"コンシェルジェ"という言葉がキーワードになった。欧米のホテルで客の要望を聞いてチケットの手配などをやってくれる係員のことである。そうした細々とした生活シーンを手助けするサービスを考えていったわけだ。
 夏野はパートナーであるコンテンツ・プロバイダーの立場に立つ。いかに彼らとWin-Winパートナーシップを築くかが課題だ。
 「わたし、こんなサービスじゃ使いたくないわ」
 と松永。それに対して夏野が、
 「でもねマリさん、この会社にとってここまでのサービスをやるのが精一杯なんですよ。これ以上は無理ですよ」
 「そんな技術的なことは私はしらない。もっと凄いサービスじゃないと」
 そこで夏野は技術担当部長に向かい、
 「じゃあうちの方でここまでやってやればプロバイダーはこのサービスをやることができるんですけどね」
 「うーん、そんなことできないなあ、このセンじゃどうですか」
 「プロバイダーはそれじゃあ満足しませんよ」
 小さなブラウザー上で一桁に表示する文字数も問題になった。技術的には6文字が妥当という方向で話が進んでいた。しかし松永は8文字にこだわった。
 iモードをぜひ成功させたいと願う担当者たちがそれぞれ自分の立場に沿ってカンカンガクガク激論を交わし、できること、できないことの着地点を見つけていったようだ。
 「iモード」の名称については夏野らとの議論の中で、松永が「ヨーロッパのどの町にもある案内所の"i"マークを使いたいと思うのよ。世界中どこでも"i"のマークの所に行けば何か役に立つ情報があることをみんな知ってるじゃない。マークは、そうね、"i"を丸で囲むのがいいんじゃないかしら」
 「マリさん、それじゃあインフォシーク(検索エンジン)のマークと同じですよ」
 「あら、だめなの?」
 などという感じでiモードが浮上してきた。

 もう一つ重要な問題があった。インターネット端末を繋いでページをブラウザーに表示するための記述言語をどうするかという問題である。
 パソコンではHTMLというタグ言語が使われている。ところがマイクロソフトの閲覧ソフトであるインターネット・エクスプローラーのプログラムの情報量は20MBもあってとても携帯電話のメモリーの中に入らない。画面が小さくて入力方法も限られている携帯端末のための記述言語としては、フォン・ドットコムがHDMLを開発、既に欧米で採用されていた。
 では、これを採用するか。しかし問題がある。コンテンツプロバイダーが既にネットに流しているHTMLの情報をiモードで提供するには、HDMLでは大幅に書き換える手間が必要だ。
 榎と夏野は売り込みに来日したフォン・ドットコムのCEOアラン・ロシュマンにも会った。同社のサーバーはブラック・ボックスで、中身をドコモ側でいじることができないと言う。
 「しかしユーザーカスタマイズや課金の仕組みはどうしても必要ですが」
 「そういうシステムは全て用意されている」
 「用意されているって、こっちで書き換えることができるんですか」
 「いや、全てアメリカでいじる」
 「それじゃあ難しいな」
 というのが榎の結論だった。夏野もいくらАT&Tで採用されているといっても、今ベストなものが6カ月後にそうであるとは限らないのに、最も重要なサーバーを第三者に依存することはできないと考えていた。それはインフラを提供するドコモにとっては死活問題である。ではどうするか。
 一方でアクセス(Access)という、家電製品やゲーム機への閲覧ソフトで実績のあるベンチャー企業が、「普通にパソコンで使われているHTMLをベースにした携帯電話用の記述言語の開発が可能だ」として、横須賀にあるドコモ研究開発本部内の移動機開発部で実験を繰り返していた。彼らが原案をつくったコンパクトHTMLという記述言語はHTMLベースなので、現在ネット上で情報サービスをやっている企業が比較的簡単にコンテンツを移すことができるという利点がある。またサイトをパソコン上でつくっている人も馴染んでいるので参加しやすい。
 コンテンツの充実を考えればこの方式は有利だが、しかし、果して小さなベンチャー企業にこんな重要な技術を委ねてもよいのだろうか……。

b.pnga.png

サイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしていますサイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしています




人間力★ラボ
人間力★ラボ




人間力営業
人間力営業



「人間力」101本