岡本呻也著 文藝春秋刊 

インターネットを携帯に

 「パラダイス・ウェブではアクセスが殺到していいるのに金は入ってこない。なおかつサーバーを増設せなあかん。自分らが価値を提供することに対する、正当かつ直接的な対価が得られないとういうのはまったくおかしい。ネットには可能性はある。課金システムが必要や。しかしどうやったら課金できるんやろうか」
 大阪、ミナミにある堀の母親の会社の会議室。自分の本業を終えてから落ち合って打ち合わせをしていた堀と岩井は、暗い表情で頭を抱えていた。
 「じゃあ、電話会社がネットの料金を請求してくれたらどやろか」
苦し紛れに岩井がつぶやいた。
 「そんな都合のええ話ないで」
 「いや、携帯電話でインターネットができたらどうなる」
 岩井は95年頃、既にダスキンのおばちゃん用の携帯端末の開発を松下通信工業に持ちかけていたのである。業務用のPHS端末を使えばできるはずだ。他方、96年11月にバンダイから携帯ゲーム「たまごっち」が発表され爆発的ヒットを飛ばしていた。岩井は、「このゲームをネットワークにつないで友達とやりとりできるようにすればもっと売れるはずだな」と考えていた。
 この2つの考えが重なり合った瞬間に閃いた。
 「それなら業務用PHSにゲームを載せればいいんだ。ゲームをダウンロード(本体に外部からソフトを取り込むこと)するためには、インターネットに接続できるようにすればいい」
 堀の顔が明るく輝いた。
 「そやな、それやったら電話会社もネットに課金する理屈つくで。電話会社の請求書に゛パラダイス・ウェブ500円゛と請求してもらえたら一番ええ」
 「ほならいっぺん、電話会社に言うてみよか」

 それから2人の電話会社通いが始まった。関西の携帯電話キャリアには全てあたった。関西の支社で興味を持ってもらい東京につないでもらおうという作戦である。プロローグに書いたように、夜10時に本業を終えてから徹夜で企画書を作って、翌日朝、電話会社に出向いて担当者に説明するという日々が続く。
 堀が携帯電話のボタンの上部をなでながら、担当者に説明する。
 「携帯電話のここでですね、ゲームができたらオモロイと思いませんか」
 「そのゲームに飽きたらどうするんですか。3カ月で携帯を買い換えなあきませんね」
 「いえ、そんなことはありません、このボタン押したらね、新しいゲームがこの携帯に飛んで来るんですよ。ダウンロードというんですけどね。その時に課金していただきたいんですよ」
 「? 何の話やねん」
 「あのう、インターネットって使っておられますか」
 「ああ、聞いたことはあるよ」
 「……」
 キャリアの担当者にネットについての理解がないのである。無理のないことかもしれない。だが2人の根気強い説得で、97年に入ってから「そんなのできるわけない」と言っていたキャリアも徐々に腰を上げる気配がしてきた。
 岩井は企画書を書きまくった。営業する度に好感触が得られ、キャリアも「そうなるかもしれない」と思うようになる。本気で携帯電話にインターネットを載せようと考えた2人の若者が山を動かしつつあったのだ。
 松下電工は端末を10万円でつくると提示し、キャリア側は「3万円なら」と言っていた金額も歩みより始めた。あるキャリアは占いを音声通信でやって、その結果がインターネットで端末に届くという堀の企画提案に対して「やります」という返事までしてくれた。
 ソフトについては立石琢磨がいるオムロン・コミュニケーション・クリエイツでつくってもらえる話になっていた。堀と岩井には「これは絶対にいける」という確信が固まっていた。
 ところが98年が明けると、コストが引き合わないといった理由で、それまで進んでいた話が全て立ち消えになってしまう。堀と岩井は「携帯にインターネットを」のコンセプトを抱えたまま梯子を外されてぽつねんと取り残されてしまった。
 時代を先取りする者は社会から疎外されるものである。

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