岡本呻也著 文藝春秋刊 

第5章 ケータイは世界へ

iモード発売

 ビットバレー宣言文を前にして、小池や宮城が「日本のシリコンバレーをつくろう」と銀座で熱く語り合った記念すべき一夜が明けた1999年2月22日月曜日。この朝、ネット史上を截然と画するであろう新たな展開の幕が切って落とされた。初めて本格的に携帯電話にインターネットを載せたNTTドコモ(以下、ドコモ)の新サービス、iモードの運用開始である。
 このサービスはそれまでパソコンからしか接続できなかったインターネットを携帯電話ユーザーに開放した点で、画期的だった。だがそれは、後の華々しい成功から考えると、あまりに慎ましやかで、忍びやかなスタートだった。当時57%程度のトップシェアであったドコモだが、IDOの新機種cdmaOneのほうが高性能であるというイメージがユーザーに伝わって急速な追い上げを見せていた。1月にドコモとのCM契約が切れた織田裕二はIDOのコマーシャルに鞍替えし、途中が通話が切れた携帯電話を手に「おかしいよ、これ」と言って、新製品のcdmaOneに買い換えるビジネスマンを演じていた。5月の加入者増加分で見ると、ドコモの30万台に対して他陣営は42万台。ドコモは瀬戸際に追い詰められていたのである。
 早稲田大学入学が伝えられたばかりのタレント広末涼子を使った全面広告が新聞各紙に掲載されたこの朝9時から、富士通製iモード端末が店頭で売り出された。ユーザーは登録すると翌日からドコモのサーバーを経由してインターネット網に接続し、iモード用にコンテンツを流している企業からの情報提供を受けることができる。つまり一般ユーザーが接続できるようになったのは翌日の火曜日からなのである。iモードには独自のポータルであるメニューリストがあり、そこには既に67社の企業がサービスを提供していた。
 銀行ではさくら、住友、三和、大垣共立の各行が振込サービスを行っていたし、ニュース配信や電話帳を利用することもできる。料理レシピやゲームも提供されていた。これらの情報は無料で提供されるものもあり、有料のものもあった。有料のコンテンツについては、ドコモが9%の手数料を取って情報料回収代行を行うのである。
 そこにはベンチャー企業の姿もあった。サイバードは、全国のサーフポイントの波についての情報を1日3回配信する「波伝説」でメニューリストの一画を占めていた。このサービスは1カ月で300円が課金される。またバンダイのニュープロパティ事業部は、クイズゲーム「ドコでも遊ベガス」(やはり月額300円)で参入していた。この事業部はそもそも96年3月にバンダイが鳴り物入りで始めた家庭用ゲーム機兼インターネット端末「ピピンアットマーク」の敗戦処理部隊だったのだが、サーバーが余っていたのでその有効活用をしたわけである。処理がうまく終われば解散するはずだった。部長の林俊樹はこの日もピピン用のCD-ROMメーカーを回って汗をかきかきCD-ROMの販売を継続するよう説得に努めていた。
 ドコモのiモード開発責任者、ゲートウェイビジネス部長の榎啓一には、この日の記憶はほとんどないという。
「1月25日に原宿でやったプレス向け発表会のことはよく覚えているんだけどね。マスコミが500人も集まって超満員でね。企画室長だった松永真理さんの演出ですよ。あの人は仕掛けがうまい。まず大星会長の挨拶があって、真ん中は私と松永,担当部長の夏野剛の順で喋って、最後に広末涼子が登場するんだけど、マスコミはみんな彼女が目当てなんだな。その晩のテレビニュースでは全局出たし、翌日のスポーツ紙は全部1面扱いだった。
 そのとき雑誌の記者に"どのくらい売るつもりか"と訊かれたので、ヤマカンで゛3年で1000万台、初年度300万台゛と答えちゃった。だからまあ、端末の販売台数は気になっていましたがね。というのもユーザー数を増やすというのは、コンテンツ・プロバイダーに対するわれわれの最大の義務なんですよ」
 この時は、iモードが1年間で500万台も売れ、ビル・ゲイツの帝国に深刻な脅威を与えるほどの衝撃になるだろうとは誰も予想だにしていなかった。だがiモードは日本から世界へ向けた文化発信となった。1年後、1日当たり20万台のiモード端末が売れ、1000万台は1年半で達成。ドコモは香港の大手通信会社ハチソン、オランダのKPNと資本提携、世界進出への足掛かりを築きつつある。巨大なリスクを賭けた世界市場争奪戦に、iモードを手に乗り出した。
 インターネットと電話を融合することによって、携帯情報端末の限りない可能性を開いたこのサービスのコンセプトはいかにして開発されたのか。そしてネットベンチャーにどのようなチャンスを提供したのだろうか。

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