岡本呻也著 文藝春秋刊 

人材はネットベンチャーへ

 では、実際に人は動き始めたのか。動いたのである。金が動くと人は動く。だが金より早かったのは就職難だった学生たちだ。99年の春先には、「ベンチャー企業回りをしています」と話す大学生たちが現れた。ネットベンチャー企業への新卒採用を狙っていたようである。その頃はまだ、企業側の方が受け入れる余裕も、心の準備もできていなかったのだが。
 次に、99年の秋頃から外資系コンサルティング会社の若手がネットベンチャーに移籍し始めた。10年前に日本企業を蹴ってこうした会社に就職した者たちは、そもそもリスク志向があるので、ストックオプション(株式の付与)による利益を求めてネットベンチャーに移ることにあまり抵抗感を持たなかったようだ。彼らは経済全体を見渡す鋭い視点を持っているので、「これからはネットだ」という確信に基づいて意識的に飛び込んでいく。マッキンゼー、ボストンコンサルティング、アンダーセン・コンサルティング、ATカーニーなど代表的コンサルティング会社の若手が、ソフトバンクや光通信などのベンチャー企業に入っていった。ボストンコンサルティングの名物社長だった堀紘一は、ベンチャー企業支援のドリームインキュベーターを起業した。
 社会人教育のためのポータル(玄関)サイトを運営するアイ・キュー・スリー社長の坂手康志はマッキンゼーからアンダーセン・コンサルティングに移りパートナーの地位にあったが、2000年1月末にアイ・キュー・スリーに移籍した。スピード勝負なので、同時並行で社内体制増強のために、年末から1月にかけてバイス・プレジデントクラスに一流の人材をヘッドハント。財務担当副社長はプライス・ウォーターハウスから。営業は三菱商事から。サイト管理者は電通関連会社から、技術者はEDS(世界最大規模の情報システム会社)からチームごと6人引き抜いた。開発部隊はインドのバンガロール(ソフト関連企業が多いハイテク集積地域)にアウトソーシングしてコストの3分の2を節約。法務関係は英語の契約書類を扱える弁護士を社員として雇い、さらに知的所有権専門の弁護士をパートタイムで契約している。社員は2000年5月のサービス開始までの半年に3人から87人に増えた。
 これだけのことをやって、その横でその実績を見せながら外国投資銀行や外人大口投資家から32億円を資金調達し、大量のテレビコマーシャルに投入する。社長業には超人的な行動力が要求されるが、坂手は「私にはリスクはない。今やらなければ損だ」と語る。彼のようなコンサルタント出身者の事例は枚挙にいとまがない。

 続いてコンサルティング会社から外資系企業に転職していた人たちにこの病が伝染していく。きっかけとしては、個人的に狙い打ちされることもあれば、ネットベンチャーに移ったコンサル会社の元同僚と外資系の仲間内で飲み会をやっている時に、なんとなく「オレ今こんなことやってるんだ。興味ある? あんな仕事つまらないじゃん。最初は夜だけでいいから手伝いに来てみない」という勧誘を受けて、「ちょっと覗いてみようかな」というところからこの世界にどっぷり浸かっていくのがパターンのようだ。
 しばらくして「こいつは向いている」と判断されると、会社側から「うちに移って来ないか。キミにオペレーションを任せるからさ」と声がかかってくる。これは殺し文句。なぜなら外資系企業でオペレーションの責任者をやっているのは40代の人たちがほとんどで、しかも少数の人たちが日本中の外資系企業を転籍して仕事を回し合っているきらいがある。若手としては自分の権限で大きな仕事をしてみたいと思うのは常だが、外資系の世界も日本企業と同じでなかなかそういう場は巡って来ない。「ならば」ということで、エイヤッとネットベンチャーに飛び移るのである。
 同じ外資系企業を辞めた人が入っているメーリング・リストも転職の機会を提供する。自然に「辞めてうちに来ない」という話の展開になっていくようだ。
 あるいは、上司がヘッドハンティングされてチームごとベンチャーに移籍するというパターンもある。

 では日本企業からの転職、独立についてはどうだろうか。この業界への最大の人材供給源はリクルートである。リクルートは学生と企業をつなぐことからスタートしたベンチャー企業であるが,現在もベンチャー的文化をしっかり残している。平均年齢も若い。しかもネットへのかかわりは早かった。村井純のWIDEプロジェクトを資金的に支えたのはリクルートであり、メディアデザインセンターというR&D部門の中でネットの可能性を常に追求してきた。その成果の一つがリクナビを有する総合ポータルサイト「ISIZE」である。トランスコスモスという会社にはリクルートから十人以上も転職している。どこのネットベンチャーでも、株式公開が狙えるほど大きくなると、必ずリクルート出身者がいると思って間違いないだろう。
 どの企業でもそうだが、新入社員の父親はリストラ世代である。父親の後ろ姿を見ていて「ああはなりたくない」と思っている新入社員が、会社の現実を知るまでにそうは時間はかからない。そうなってくると大企業でサラリーマンをやっていることにさしたる意味は感じられないので、もっと自分の好きな分野で思いっきり働ける会社に移るか、あるいは仲間を集めて起業しようとする。それが参入障壁が低く成長余力があるネットベンチャーであるというのは不思議なことではない。むしろネットベンチャーでなければ不思議なほどだ。
 しかしリクルートは、世間では日本の伝統的な組織風土とはちょっと距離を置いた異質な企業とみなされている。大企業が懐深く抱え込んでいる優秀な人材が、ネット界に流出する兆しはあるのか。
 マザーズやナスダックの整備でベンチャーのゴールは近くはなった(ゴールの先は中堅企業としての競争が続くが、チャンスも拡がる)。銀行貸し出し以外の資金も集めやすくなった。株式公開に成功したベンチャー経営者は、自分の経験や手持ちの資金を投資してベンチャーを支援する立場になってくれる。
 環境は整いつつある。しかもネット・ビジネスのスピードは早い。経営者となる人材を供給できるかどうかが問題だ。
 ネットイヤーの小池はこう語る。
 「大企業からどのように人を引っ張り出してくるかがキーなんですね。アメリカで起業している連中は、大学を出てから大手企業に一度就職して、それからビジネススクールにMBAを取りに行き、その後ベンチャー企業を立ち上げた経験のある人が、さらに練りに練ったアイデアでネットベンチャーを興しているという形。つまり彼らは経営のプロなのですが,それすらVCから見ると頼りない。だから日本のネットベンチャーのように、学校を出ただけで財務諸表も読めないような人がインターネットを知っているだけで"社長でござい"というのはアメリカではあり得ないことなんです。ビジネスプランを見せてもらって"どうしてこんなに売上高が伸びるのか"と聞くとただ"頑張ります"という根拠のない答えが返ってくる。ところがそういう経営者にも喜んで億単位の出資をするVCがあんですからね。こうした日本の状況には危機感を抱かざるを得ない。べつに愛国者というわけではないんですがね。
 僕がアメリカで学んだのは、Be Naturalということ。アメリカ人は自分が思った通りに行動して、社会も自然につくっちゃう。ところが日本人は"会社には一生勤め続けなければいけない"とか、"結婚したら一生添い遂げなければいけない2とか嫌なことでも押さえつけられてて、赤ちょうちんで文句ばかり言っている。とにかくみんな平等じゃなきゃいけなくて、その村社会の秩序から出るにはヤクザの組から抜けるような覚悟がいるわけです。"小指一本置いていけ"って世界ですよ。アメリカに行くとそういう洗脳が解けて、"これ、なんかおかしくないか"と思い始めます。
 "出る杭は打たれる"なら僕は打ち切れないくらいどんどん杭を出してやろうと思うんですよ」
 ビットバレー宣言の背景には、そうしたアメリカ的自由の精神が流れている。

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