岡本呻也著 文藝春秋刊 

IPO

 4月6日、ウェブサイト制作運営会社オン・ザ・エッヂ社長の堀江貴文は、不安と期待のない混ぜになった朝を迎えていた。この日、彼の事業は年末にスタートした東証の新市場マザーズに株式を上場するのである。企業が市場で株式の新規募集することをIPO(Initial Public offering)という。同社はすでに公募増資として1株600万円で1000株を売っていた。調達額は60億円である。この27歳の青年は8000株弱を持っているので,この時点で500億円弱の資産家になっていたことになる。
 だが、投資家の需要状況を反映したブックビルディング方式で公募価格が決まったのは3月27日。それからアメリカのナスダックは急落、特に3月初旬にナスダックに上場したクレイフィッシュは高値の4分の1まで下げており、それを受けてマザーズ銘柄はぐっと値を下げてきている。クレイフッシュは5割以上下落。光通信、ソフトバンクも大幅に下落している。
 特に気にかかるのは光通信である。堀江は99年秋、光通信から4億5000万円の出資を受けていた。「この好環境がいつ変わるかもしれないし、受けられるときに受けておこう」と出資を仰いだ光通信は同社の14%の株主になっていたのだが、ここにきての光通信の急落で、いわゆる「ひかりもの」と見なされるようになってしまったのだ。全く最悪のタイミングでの上場であった。
 午前8時、掘江は家賃25万円の自宅マンション前に駐められた大和証券差し回しのハイヤーに乗り込んだ。ボサボサの長髪。Tシャツにアウターを羽織る。下はジーパン。首回りが太いのでYシャツネクタイはしない。「自分が一番働き易い服が制服だ」と言い張っている。以前友人の結婚式に出るためにYシャツを探したが合うサイズがない。店員が「これ、舞の海さん用にとってあるやつだったら合うと思うんですけど」と取り置き分を出してきたという。

 8時半、背広姿の総務担当者2名を従えたジーパンの青年は、東京証券取引所の重厚な建物に吸い込まれていった。バブル直前に建てられた石造りの権威主義的ビルである。当時の日本は権威が秩序を守ると信じられていた。しかし、ポルシェを乗り回している堀江にはそんなものは無縁だった。
 9時、取引開始。オン・ザ・エッヂ株は売り気配で始まった。
 「やっぱりなあ」。
 株価は経営者の採点表だ。株価の上下は経営の巧拙に対する評価であり、自社の株式に幾らの値がつくか気にしない経営者は経営者とは言えない。これまでマザーズに公開した株の初値はすべて公募価格を上回ってきた。しかし今初めてその前例が打ち破られようとしていた。
 10時、東証のシステム売買室を見学。場立ちがなくなってから、この部屋がテレビでお馴染みになってしまった。古めのパソコンがずらりと並んでいる。「いま値がついて上がっていてくれてたら気持がいいだろうなあ」。堀江はモニターを確認したが、やはり売り気配のままだった。ここでNHKとテレビ朝日のインタビューを受ける。
 その後東証ビルの上部にある今どき珍しく豪華な内装の認証ルームに移動。バブル期につくられたどこかのゴルフコースのクラブハウスが兜町の空中に浮かんでいるようなものだ。商売の神様であるマーキュリーを刻んだ楯をもらい記念撮影。
 11時、東証副理事と5~6人で歓談。株価が気になるのでiモードでしばしば確認。やはり値がつかない。
 正午、近くの大和証券のビルに移動。エクイテイ部の机上は売買をモニターする端末が山積みになっていて、なかなか格好よい。アナリストとおしゃべり。その後、株式事務を代行する部署で輪転機を見学して昼食。「まだ株価つかないねえ」。
 後場が始まっても状況は同じだった。結局、450万円の売り気配のままで終了。公募価格より上がって当たり前の初値が初日はつかなかった。傲岸不遜で鳴らす堀江にとっても、さすがにこれは痛撃である。
 3時15分。兜クラブで。「ただいまから本日上場したオン・ザ・エッヂの堀江貴文社長の記者会見を行います」の放送があり、安スーツに身をつつんだ記者連が三々五々狭い会見室に入ってきた。テレビ朝日のカメラの照明のせいか、西日のせいか、やや暑い。堀江はまったく緊張の色を見せていない。もっともこの男は世の中をなめ切っているところがあるので、どんな状況でもストレスは感じないだろう。

 堀江はぎごちなくパイプ椅子から立ち上がって「よろしくお願いします」と挨拶した。表情をまったく変えずに、上半身をやや机にもたせかけて淡々と、自社の技術力の優位性と、ネット市場の有望性、それゆえここ1~2年で市場優位を確保するための資金確保のため株式を公開したと説明する。
 記者は目論見書に目を走らせていてまともに堀江の話を聞いているようには見えないが、ポイントを押さえた質問を繰り出してくる。経営危機が伝えられる光通信との取引関係については、もちろん最初に訊ねられた。もし光通信に営業依存しているとなると大きなマイナス材料だ。堀江はやはり大株主で株価が下がっているグッドウィルも含めて、取引関係がほとんどないことを強調した。
 技術供与先であるサイバーエージェントとの関係を突かれると、「技術供与のような取引は他社とも展開している」とかわす。そんなひっかけ質問より「公募価格の25%安というのはマザーズでは一番低い水準では」とのストレートな問いの方が余程こたえたらしく、「んー、まあ」と初めて言葉に詰まった。
 「そのまま受け取るしかありません。われわれにできるのは増収増益だけです。われわれはネット業界の中でも地味な存在ですから、わかる人にはわかるんですけど外部にアピールが足りないかもしれません。みなさんのウェブ・システムを受注してコツコツつくるのが商売ですから。でも、今後もネット市場は伸びるし、シェアも拡げていきたいと思っています。それでも株価が反応しなければ、また考えたいと思います」
 堀江は約1時間、20人の記者を相手にした会見を乗り切った。もっとも彼は「出たがり」なので半ば楽しんでいたのかもしれないが。
 4時半、いったん会社に帰って出直し、経済情報専門放送であるブルームバーグテレビの番組に出演する。そこから帰社すると、各幹事証券会社から豪華な蘭の鉢植が20個近く届いている。懸崖づくりの鉢が受付を埋めつくす様は壮観で、やや慰められる。社員からも寄せ書きが来ている。ここで気合を入れ直して、午前3時までかかって電報の山を見、殺到するメールに目を通す。少々落ち込みつつ、家に帰ってシャワーを浴び、ビールを飲んで寝た。
 翌7日、起きぬけにiモードに手を伸ばし株価を見る。440万円で取引が成立している。ホッと一息である。
 ところがこの日、最終段階でワラントを譲ってやった光キャピタルが運用担当者の判断で持ち株の3分の2を売ってしまったと聞いて堀江は激怒する。
 「あの株は光キャピタル設立の御祝儀で割り当てたんじゃないか。こんな時に売るのか。何を考えてるんだいったい」
 VCからの出資は両刃の剣なのだろうか。堀江は光通信からの出資受け入れについてこう振り返る。
 「光通信は当社の第三者割当第1号です。他人から金を出してもらうという意味では気持がぐっと引き締められたし、彼らの厳しい部分、しっかりした体制、しぶちんなところはかなり勉強になったし、刺激になりました。でも、今は"光依存体質"なんじゃないかと外部に見られているようです。悪影響が出てきてしまった」
 4月上旬、ファイナンシャル・タイムズは「オン・ザ・エッヂは売り上げの8割を光通信に依存している」と報道した。おそらく公開を延期したネクステルと間違えられたのだろう。堀江は正式に抗議したそうだ。この後も、同社の株価は光通信の下落に合わせてじりじりと下げ続け、2ヶ月後には150万円を切ってしまう。しかし証券会社が好意的なレポートを書いたり、総選挙の報道番組で自民党の野中幹事長に食ってかかったりしたことで株価はV字型に回復し、7月には一時公開価格まで持ち直した。
 こうしてまた一つ、上場企業社長の苦悩の日々が始まったわけだ。

 光通信はほとんどのネットベンチャーに接触し、数十社に投資している。同社があまりに多くのネットベンチャーに投資したことが、結果としてネットベンチャー全体の再浮上を阻害する大きな要因になっているようだ。ベンチャー側が増資を希望しても、「えっ、おたく光さん入ってるの、じゃあちょっと……」と、他のVCの腰が引けてしまうからだ。ブーム時には増資の株価の相場は光通信が押し上げていたので、彼らが去った今では、光通信に関係のないベンチャーの増資時の株価の相場も冷え込みつつある。

 ただし、「株のことは市場に聞け」と言われるように株価のことは私にはよくわからない。
 この下落をもって「ネット株は単なるバブルだった」と結論するのも早計に過ぎるだろう。投資家は「ネット株、ネット株」と念じつつ市場に殺到した。だが公開できるところまでたどり着いているネットベンチャーはまだ少なかった。しかも公募株数は1社あたり1000株しかない。そこで値段が企業価値を無視して吊り上がってしまったのである。しかし熱狂は覚めた。
 6月にはナスダック・ジャパンがスタートし、さらに多くのネットベンチャーが株式市場に名乗りを上げた。上場企業数が増えて、投資家が個々の企業の善し悪しを冷静に判断して投資すれば、株価は企業価値を反映する水準に近づいていくはずである。ネットには大きな可能性があるが、その可能性と企業の今後の伸張はあくまで別問題と考えなければならない。また、上場企業側は流通株数の確保と適切な情報公開を義務と考えなければならない。実力を隠して高株価を維持しようと思っても、未来永劫市場を欺き続けるなど決してできることではない。正当な株価を形成する健全な市場を維持することは、資本主義社会では最も重要なことだろう。

 メディアの報道も異常だった。一時は「ネットベンチャーは救世主」とまでおだて上げておいて、株価が暴落したとなると「水に落ちた犬は叩け」とばかりに筆誅を加える。あまりにも見識を欠いた行動としか言いようがない。
 IT株暴落後の報道は、光通信やリキッド・オーディオをあげつらって、感情論的に「ベンチャーは好ましからざる存在」というイメージを煽っている。既存勢力に属する人たちと、ベンチャーのロジックは全く違うので、「多数派である既存勢力に媚びるにはそれでよい」というメディアとしての営業的判断かもしれないが、社会全体から見れば制度内改革者としてのベンチャー、特にその中での失敗者を容認する度量が必要ではないだろうか。ネットベンチャーが玉石混淆なのは当然だ。経営にスピードが必要だから仕方ない。リスクを取っているのだから、落ちていくベンチャーがあるのは当然のことなのだ。その部分を天眼鏡で拡大して声高に報道するのが、社会的にどのような意味を持っているのか、筆者には量りかねるところである。
 ビットバレー・ブランドによってネットベンチャーの社会的認知は拡がったが、ほとんどのネットベンチャーはまだ企業としてのスタートを切ったばかりなのである。ビジネスの骨格が固まっていない企業すら存在する。そうした企業にとってこの揺り戻しはかなり辛い。投資家もメディアも、ネットベンチャー企業を一視同仁、十把一絡げに見て自分との距離感を測るのでなく、一社一社違う存在として、その優劣を判断して自分のリスクで投資するという大人の態度を身につけなければ、結局自分たちが損をすることになるはずなのだが。そうした認識は、わが国では今のところ希薄のようだ。

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