岡本呻也著 文藝春秋刊 

ネットバブル

 この間、ネットベンチャーに対する関心は、市場では熱狂にまで高まりつつあった。12月24日、東証にベンチャー向け新市場「マザーズ」が誕生。取引所市場なので「公開」ではなく「上場」となるのだが、赤字企業でも上場時の時価総額が5億円以上あれば上場できるという、非常にハードルを低くした新市場で、ネットベンチャーの多くはマザーズ上場を射程距離に入れることになる。
 マザーズ上場第1号のインターネット総合研究所の6月期売上高は7億円。経常利益7000万円。公募価格は1170万円であったが、上場日の24日は株価が寄り付かず、翌日も買い気配のままで値がつかず、翌々日、額面5万円の株に5300万円という初値がついた。
 時価総額は7001億円。この年末のNKKの時価総額は2385億円、住友金属工業は2869億円なのである。いかにインターネット市場と同じ年70%の成長を目指すといっても、この企業は両鉄鋼メーカーを凌駕する価値を持つ企業なのだろうか。筆者は詳らかにするところではないが、こう指摘する声はある。インターネット総研の株式総数は1万3000株。浮動株比率は8%である。この少数の株を、ネット人気に目をつけた投資家が奪い合い、会社の内容を必ずしも反映していない高値を呼んだというのである。上場当日は売り物はほとんどなく,買いの方は成り行き注文が多かった。とにかく玉が少ないのである。しかし人々はネット株を求めていた。
 同社と同時に上場したリキッド・オーディオ・ジャパンは、インターネット上で音楽配信を行う、つまりレコード店を中抜きにしてCDを直接パソコンに入力するためのシステムを開発している会社だ。6月期決算が3億円の赤字企業であるにもかかわらず、300万円の公募価格に対してついた初値が610万円。
 1月末に帝国ホテルで行われたリキッド・オーディオ・ジャパンの上場記念パーティーでは、小室哲弥やつんく、SPEED、藤原紀香、モーニング娘。といった当代芸能界の人気者が顔を揃え、いつものつまらない一般企業の上場記念パーティーを予想して赴いた証券会社員たちの度肝を抜いた。しかしその後この会社の大株主の背後に暴力団関係者の存在を指摘する報道が相次いだ。裏社会はおっとりした大企業に比べれば格段に事業センスが良い。カネの匂いがしてくればどんな所にも入り込んでくる。公開基準が低くなり、内容の薄い会社でも高値がつくのであればネットベンチャーは合法的に大金を得る手段に過ぎない。こうした裏社会の動きを警戒した東証は、警視庁の要請を受けて、暴力団関係者が経営や資金に関与していたり、経営者が暴力団関係者と親交がある場合は「上場不適格」として上場申請を却下する項目を審査基準につけ加え、警察との連携を強化した。
 また、一部の仲の良い公開企業オーナーの投資家グループが、私募ファンドをつくってお互いの株を買い支え合い、株価を吊り上げているのではないかと指摘する記事も関係者の目を引いた(日経ビジネス2月7日号「特集ネットベンチャーが危ない! 歪み生むベンチャー投資」)。
 市場はいよいよネット株ブームの様相を呈してきた。1月にはソフトバンク子会社のヤフーの株が1億円を突破。テレビニュースで大きく報じられ、世間の耳目を集める。ヤフーは2月22日には1億6790万円の高値まで到達した。恐るべき株価。ソフトバンクは2月15日に19万8000円、光通信も同日24万1000円、インターキューは24日に9万8000円を記録した。1年前には誰も見向きもしなかったネットベンチャーが、一気に時代の花形にまで押し上げられたのである。

 2月2日夜、六本木のディスコ「ヴェルファーレ」地下3階のフロアは2000人を超える人で埋めつくされていた。天井の高い大空間の底にひしめき合う人の群れに移り気なスポットライトが幾条も投げかけられている。最後のビットスタイル。この社会現象を伝えるために集まった報道陣だけで100人。名刺交換する気も失わせる大人数だが、群衆の熱気とパワーは自己増幅されて皆に高揚感を与えていた。
 ゲストスピーカーとしてDeNA社長の南場智子、マネックス証券社長の松本大、オン・ザ・エッヂ社長の堀江貴文などが次々と登壇。続いてスイスのスキーリゾート・ダボスで行われていた世界経済フォーラムから自家用ジェット機を仕立てて帰国したというソフトバンクの孫正義がマイクを握った。「3000万円かけてスイスから飛んできました」と話した直後、会場から大きな拍手が湧き上がった。十分なトリックプレーである。情報革命を成功させようとの呼びかけからナスダックへ話題を移した孫は続いて6月19日にスタートするナスダック・ジャパン・プランニング社長の佐伯達之を持ち上げた。ビジネス界のインターネット教祖は、ビットバレーに一番遅れてやってきて、一番おいしいところをもって行ったわけだ。
 最後にBVA事務局の松山と宮城が壇に上り、ビットスタイルの休止を伝えた。ビットスタイルは東京ドームを目指さなかった。1年間にわたったビットバレーのオフ会はこれで終了したのである。

 急速に沸き上がる入道雲のように人々の眼前に現出したネット株ブームであったが,その調整局面も思いの外早くやってきた。2月中旬から下旬に相次いで高値をつけたネット関連株価だが、徐々に下落のスピードに勢いがつき始める。
 ビットバレー企業の公開は3月10日にクレイフィッシュ(公募価格1320万円、初値2500万円)、3月24日にサイバーエージェント(初値は公募価格と同じ1500万円)と続いた。クレイフィッシュ社長の松島庸は26歳。先にナスダックで公開して人気を煽ってからマザーズに上場するというあざとさと、テレビニュースで放送された記者会見での受け答えの幼さが一般の人の印象に残った。「なんだ、社長といってもお子様じゃないか」。これは本人には酷な評ではあるが。
 3月10日発売の文藝春秋、3月13日発売の日経ビジネスは光通信の重田の強引なビジネス手法を批評する記事を掲載した。重田は孫と並ぶネット業界の首魁とみなされていたので、この記事に対する社会的反響は大きかった。さらに重田はソフトバンクの社外取締役を務めていたのだが、野村證券出身で金融部門を統括していたソフトバンク副社長の北尾が「重田のビジネスはソフトバンクの戦略を真似ている」と批判したことから2人の不仲が表面化、重田は役員会に姿を見せなくなった。ベンチャー投資ではソフトバンクと光通信の系列VCが投資先を巡って火花を散らすことが多かったのでしかたないことだったのかもしれない。重田は結局、4月26付でソフトバンク取締役を退任することになる。
 市場では重田個人が株価操作疑惑で当局の捜査を受けているのではないか、逮捕されたのではないか、いや、死亡したのではないかという噂まで流れたが、彼は3月15日まで姿を現そうとしなかった。さらに15日の会見では「業績は順調に推移している」とコメントしたが、突然3月20日に「今期は130億円の営業赤字になる」と発表。完全に市場の信頼を失ってしまう。光通信とソフトバンクの株はもつれ合うよう下落し、ソフトバンクは4月20日に4万3300円、光通信は、24万円をつけていた株が、7月7日には3600円をつける。関連会社の倒産が相次ぎ、値下がりに歯止めがかからない状態が続いた。これはあまりに極端だが、他のネット関連株も軒並み公募価格を売る状態に陥った。インターキューは5月下旬に1万円を切った。ネットブームの寵児たちは、いきなり冷徹な株式市場の洗礼を受けたのである。

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