岡本呻也著 文藝春秋刊 

日本大企業の敗北

 まったく不思議な話だ。2000年第1四半期で見ても、マザーズで黒字を計上しているのはオン・ザ・エッヂとバリュークリックジャパンのみ。クレイフイッシュは15億円の売上に対して12億円の赤字、サイバーエージェントは5億円の売上に対して2億円の赤字、リキッドオーディオ・ジャパンに至っては、100万円の売上に対して3・6億円の赤字である。公開企業が儲かっていないのなら、非公開企業は押して知るべし。ほとんど黒字企業は存在しないのである。
 ところがなぜ99年のIT革命第1ラウンドで大企業が負け、たいして儲かってもいないネットベンチャーの評価が高かったのだろうか。
 大企業にとってみればビットバレーのネットベンチャーは脅威であった。なぜなら大企業が事業化を思いつきもしないようなビジネスを次々と立ち上げて売り上げを上げてきていたからである。ネットを利用することによって今までのビジネス資源では実現不可能であったビジネスモデルを現実化し、これまでの商習慣を根本から破壊してしまう可能性を持っていたからである。
 商取引の中には、実はもっと安い値段で売っているのに、顧客がそれを知らないばかりにバカ高い値段で買わされているというケースが非常に多い。これを情報の非対称性というが、この非対称性が大企業にもたらしている過剰利潤がネットビジネスによって大企業からもぎとられ、新しい主権者である消費者の手に渡るのではないかという期待がある。その価値がネットベンチャーの利益となり、また高株価に反映されていると考えられる。

 大企業が容易に追随できないネットビジネスの特性は以下のように整理されるだろう。
○顧客志向……ネットでは顧客と企業がダイレクトに繋がっていて、雑音のはいる余地がない。気まぐれなネット利用者が自社サイトに2度と来てくれなくなったらそれまでだ。逆にブラウザーソフトの「お気に入り」「ブックマーク」に登録してくれたり、会員になってサイトの中で遊んでくれる人が増えれば、それは巨額の利益に結びつく"可能性がある"。指先をわずかに動かすクリックという動作をネットユーザーにさせるために、ネットベンチャーはあらゆる知恵を絞る
○スケール・アビリティ……ネット上にビジネスの仕組みを作ってしまえば、後はどれだけ多くの人にそれを使ってもらうかだ。利用者が増えるほど顧客一人当たりのコストは下がる。参入障壁は低く、規模の限界が見えないくらい未開拓の市場が広がっている。
○ローコスト・オペレーション……実はネットビジネスは顧客が一定数を超えるまでは儲からない。サイト自体はお金をかけてつくり、ブランド構築のために宣伝費は気前よくはたいてもよいが、それ以外のインフラやオペレーションの経費はどんどん絞って安いサービス料で客を呼び込んだほうがいい、それでもストックオプションがあるので社員は長時間労働に耐える。今のところ儲かっているネットベンチャーはほとんどないというのが現実だ。
○スピード……早く市場を押さえた者が勝つ。後発になるほど認知されるための宣伝コストがかさむし、提携しようにも優良コンテンツは押さえられている。後からのこのこやって来ても遅いのだ。思いついたら、躊躇するよりも、やってしまった方が早い。ネット上では撤退のコストも安い。
○アライアンス志向……あるサービスに市場がある(客がつく)ことがわかっていても、自分に資源がないから、手っ取り早く実現するためには誰かと組もうとする方が自然だ。自前主義など下策である。従って経営者にはネットワーク能力が不可欠である。
○市民・消費者へのパワーシフト……ネットの世界ではユーザーは王様である。消費者がモノの値段を決めたり、ユーザーの声が現実の商品開発に反映されることが当たり前になるだろう。

 だが考えてみるとおかしな話で、ベンチャーと大企業の間にある懸隔はこうしたネット特有のビジネスモデルに対する距離感でしかない。
 ネットベンチャーは、「持たざるもの」であり、過去のしがらみもなく、初期投入も少なくてすむのでネットビジネスをやる以外に道はないからやっているだけだ。ところが大企業には、現実的に回っているビジネスがある。しかも、業界のしがらみにがんじがらめになって硬直化した発展性に乏しい仕組みである。その中にからめ取られている大企業は、昔よりも固定費が上昇しているので収益もさして上がらず、仕方がないので過去の資産を切り売りして食いつないでいる。加えて頑に従来の商売や組織文化に固執しているので、インターネットを利用したビジネスがいかにコストが安くて可能性に満ちたものであるかを組織的に評価することができない。
 「組織的」というのは、若手がどんなにネットビジネスの優位性を上司に献策しても、上司はGOサインを出すことができないということである。だいたいの場合は、「知らないものは敵とみなして排除する」という村社会の組織文化に則して、その企業自体がネットからさらに遠ざかってしまっていた。
 その間隙を縫ってネットベンチャーが飛び出してきたものだから大企業側は驚いた。第1ラウンドではベンチャー側が完全に大企業をノックアウトし、提携でも条件を出したもの勝ち、言い値でOKという状況となった。
 しかしである。考えてみれば、大企業が本気になってかかれば、ネットベンチャーなど吹けば飛ぶような存在である。まず技術的にはすべてオープンにされているので、ネットには独自で高度なものは何もない。組み合わせの妙だけが問題である。資本力に関しては、毎年千億円単位の投資をやっているエレクトロニクスメーカーから見れば、楽天の公開時の495億円調達も問題ではない。社内のインフラも充実している。そして人材は、ほぼ大企業が独占している。「ネットベンチャーなど恐るるに足らず」ということになってもおかしくはないはずだ。
 ところがそうはならないのである。大企業が社内ベンチャーをつくったとしよう。ビジネスのアイデアを出した言い出しっぺが経営者になるのが当然だろう。しかし大企業は個人が突出することを極端に嫌うし、個人にビジネスのノウハウがたまることはもっと嫌がる。カネはどうか。ベンチャー企業では、経営者は自分が出した出資金を失うリスクを賭けてガムシャラに仕事に取り組むが、成功さえすれば大金持ち。ベンチャーとは、人生を賭けた博打なのだ。ところが大企業の社内ベンチャーでは100%企業側が出資し、社長本人も出向扱いで、名刺の肩書だけが「社長」になっているケースも少なくない。彼にはリスクもないが、得られるものも多くはない。
 これを「人を馬鹿にした話だ」と思うか、「やはりセーフティ・ネットがないと人は動かないよね」と捉えるか、価値観の問題だが、少なくともそのような甘っちょろいセーフティネットを用意している限り、土性骨の入ったビットバレーの経営者たちを打ち負かすのは難しいかもしれない。起業家にはセーフティーネットはない。その代わり彼らは、自分が思ったとおり100%なんでも好きなことをやってもよいフリーハンドを持っているのだ。

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