岡本呻也著 文藝春秋刊 

ベンチャーキャピタルの眼差し

 8月4日、この回からビットな飲み会は「ビットスタイル」に名を改め、毎月第一木曜日に行うことに、また申し込み制をやめてフリーエントリーになった。この頃にはビットバレー・メーリングリストの参加者は2000名を超えており、原宿に近い神宮前スタジオには従来の倍の400人が集まった。この時はハイパーネットの板倉雄一郎、慶応義塾大学助教授の國領二郎、カルチュア・コンビニエンス・クラブ社長の増田宗昭がスピーチした。板倉は自著『社長失格』を販売するチャンスと見て大量に会場に持ち込んだが、ほとんど売れなかったという。この本は彼の轍を踏むまいというネットベンチャー経営者のバイブルとして、既に広く読まれていたからである。
 板倉がビットバレーで自分の倒産体験を語っていたちょうどその時、海の向こうのニューヨークでは日本初の商用インターネットプロバイダーであるIIJがナスダックに株式公開を果たしていた。初日終値の時価総額は2500億円に達した。板倉が追いかけて届かなかった夢は、ニュービジネス大賞を板倉に譲った鈴木幸一が掴んだのである。因みにハイパーネットのメインバンクだった住友銀行の國重が社長を務めるDLJディレクトSGF証券は、住友銀行がIIJの資金繰りを助けた縁で、IIJのビルに入居している。
 8月27日、ビットバレー企業群から初の店頭公開企業が誕生した。熊谷正寿のインターキューだ。
 同社の公募増資分の株価は4200円であり、100万株を売り出したので42億円の調達に成功したのだが、公開日についた初値は5倍の21000円であった。インターキューの時価総額は1000億円を軽く超えた計算になる。98年12月期の売上高は20億円弱で純資産は15億円弱。その会社に1000億円の値段がついたのは、ネット産業に対する期待の反映であろう。その直前に公開したソフトバンク・テクノロジー、フューチャーシステムコンサルティングも高い評価を得ており、公開時期もよかった。この成功は、「ネット・ベンチャーはカネになる」という投資家の認識をおおいに高めることになった。なお、Qネット社長でインターキューでは副社長を勤めた玉置真理は熊谷と袂を分かち、IDOの携帯電話に対してゲームコンテンツを配信する会社、ファミリービズの社長に就任している。同社の役員にはQネットにいた加藤順彦が名を連ねる。西山裕之は引き続きインターキューに残り、同社の子会社であるまぐクリックの社長になった。

 秋になると、VCがネットベンチャーに対して大型の出資を行い始めた。9月3日、光通信がオン・ザ・エッヂの額面5万円の株を1株300万円の高値で買い、計4億5000万円を出資する。
 またVCは続々とネットベンチャーに対する大型の投資ファンドの設立を発表。ソフトバンク系VCは2200億円と1500億円。光通信系VCは1330億円。京セラとゴールドマンサックスは300億円。武富士は早稲田大学と提携して700億円。その他エレクトロニクスメーカーや商社など異業種も、相次いでIT向けベンチャー大型ファンドの設立を発表している。
 各ファンドは出資者を募り、有望なベンチャー企業に投資して株式を公開させ、株の値上がり益を出資者に分配する。それはこれまでのVCでもやってきたことではあるが、以前とは違う傾向も出てきた。日本に130社ほどあるVCは、スタートしてすぐの会社の事業性を見抜いてできるだけ初期に株を取得する(つまり取得金額は額面に近い)ことはなかった。ごく初期に投資した場合でも投資額は少なく、経営者を送り込むようなことはまずない。たいていは対象企業がある程度大きくなり、経営者の手腕や事業の優位性がある程度見えたところで出資していたのである。これはアメリカのVCでは軽蔑される方法なのだが、日本のVCはたいがい金融機関の子会社なので、横並び体質の中では問題とされなかった。
 外国資本も入ってきた。ネットベンチャーには国内の企業、個人のみならず欧米資本、華僑資本とあらゆるところから金が流れ込みつつある。
 堀義人は、99年7月に、初期投資専門のVCを設立する。97年秋、6000億円のファンドを持つ世界最大規模のVCであるエイパックス・パトリコフの経営者パトリコフから堀にアジアにおける投資についての相談があり、堀は慎重に調査した後提携、エイパックス・グロービス・パートナーズを設立した。投資規模は200億円。 
 他の外資系VCもドル札をカバン一杯つめ込んで日本に飛来してきたが、成田までやってきて足踏みしている状態にある。アメリカのベンチャーの水準からすると、商品とマネジメントチームがしっかりしているいいベンチャーが少ないのだ。投資したいのはやまやまなのだが……。
 9月と10月のビットスタイルは、渋谷円山町のラブホテル街の真ん中にあるドクター・ジーカンスの3フロアを借りて行われた。参加者はいよいよ1000名を超えた。
 ある若手ベンチャー経営者は、向こうからこの場にそぐわない油ぎったオヤジがつかつかとこちらに近づいてくるのに目を止めた。オヤジの息がまともに顔に吐きかけられたので、彼はそれだけで辟易したが、オヤジの第一声にはもっと驚かされた。
 「おたく、第三者割当増資、いつですか?」
 世にも稀な挨拶に気押されて、後ずさりしながら、
 「はあ、そろそろ考えてますけど」
 と応えると、
 「じゃあウチにも出資させてください」
 が2言目である。
 「あのう、失礼ですが」
 と尋ねると、相手は光通信の関係者であった。
 「いやあ、今月末までに数億円使わないといけないんですよ」
 との話に、経営者は逃げ出すしかなかったという。10月、11月はカネの方がネットベンチャーの経営者を追いかけていた。当初はVCに来て欲しくてビットキャピタルをわざわざやっていたのに、この頃になると「ビットスタイル参加者の3割近くはVC関係者ではないか」と言われるようになった。板倉の時代がもしこうであったら、ハイパーネットはネット界の盟主になっていたろう。しかし彼はこの面でも早すぎた経営者だった。
 特に光通信とソフトバンク系列のVCの攻勢はすさまじいものがあり、同じ日に同じ部署の人間から電話がかかってくることも珍しくはなかった。たいした中身のないビジネスでも、評価ノウハウがなくてカネだけ余っているVCがたくさんあるので、とにかくネットベンチャーをやっているというだけで、2億、3億というカネを手にすることができるようになってしまったのである。
「週刊ダイヤモンド」の10月16日号では「インターネット大爆発」と題した100ページ近い大特集の中でビットバレーの様子を業界交遊図つきで細かく報じ、ビットバレーの動きはいよいよ社会的に認知されるようになってきた。こうした報道があった当日には、VCからの電話が掲載されたベンチャーに殺到した。

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