岡本呻也著 文藝春秋刊 

ビットスタイルはなぜウケた

 ビットスタイルが成功した要因を整理してみると、ビットスタイルというリアル(現実)の場と、メーリングリスト、メールマガジンというサイバー(ネット上)のつながりの相乗効果があったことがわかる。これはネットマーケティングの鉄則に則している。
 まず95年以来、様々なホームページやメールマガジンができ(ニフティなどのパソコン通信はそれ以前からあり、ここでネット上での意見交換の経験を積みルールを身につけた人が多かった)、その世界ではネット関係者は意識的につながっていたし、オフ会などで顔を合わせることもあり、緩い人脈は既に出来上がっていた。ネットベンチャーも非力ながらもそれぞれ立ち上がっており、それぞれがウェブサイト制作の単純な仕事以外に進出して生き残りのための礎を築きつつあったし、ETICがそうした企業の媒介になっていた。アメリカのネットビジネスの最新事例を紹介した「週刊ネットエイジ」は、ネットベンチャーの関心を集めていたので、ここで「ビットバレー宣言」が掲出されることはベンチャーやメディアの行動を喚起することに大きく与って力あった。
「ビットバレー宣言」には、渋谷という地域を看板にして、ネットベンチャー全体の底上げをするという公的な意義が明示され、私益の匂いがしなかった。渋谷への集積により情報共有と競争が起こり、結果として全体のレベルが上がるということだ。またETICを運営主体としたことで、公的なイメージが高まり、これも人を集める要因になった。「ビットバレー」というネーミングも関係者の関心を集めるには適切であった。
 もうひとつ、宣言では、この組織はオープンな相互支援組織を目指すと明記されている。東京以外の人でも入会は自由。ベンチャーと関わりを持ちたい学生、弁護士、会計士、VCが自由に参加して、Win-Winの関係(勝者連合の意。マイクロソフトとインテルの関係を表現したのが最初)をつくろうと呼びかけている。当初は会計士などはいなかったので、単なる一人相撲の宣言のようでもあるが、半年後にはちゃんと弁護士や会計士が姿を現した。「相互支援」ということは、参加者にあくまで自律的なコミットメントを求めることになる。

 ネットと口コミの拡がりに支えられて、ビットな飲み会やビットカフェには人が集まってきた。
 100人、200人のパーティーの運営は個人の力でもできないことではない。だがそれを継続するためには、求心性の高い共通の関心がなければならない。参加者の中にはかなりしっかりした考えを持ってベンチャー企業を経営している優秀な経営者と、松山大河のように「ネットは社会を変える」と強調するネット宣教師が含まれていて、彼らの思考や行動のスタイルが、知識として参加者に共有されていった。場を同じくしてつくられた共通認識は毎日大量に投稿されるメーリングリストによって増幅される。松山が管理するメーリングリストでは、ビジネスモデルの叩き合いや法務、税務についてのかなりレベルの高い情報交換が行われていた。専門家も積極的に自分の知識を公開していた。
 「とてつもなく大きな可能性を持っているインターネットにどう相対すればいいのか」というのは、ネットベンチャーにとっても、その他の人にとっても共通した問題意識であったに違いない。その情報欲求を満たしてくれる場としてビットバレーは機能したのであろう。しかもその答えは与えられるものではなく、参加者自身が出会いの中から引き出していかなければならない。それはテストの回答のように明快な範囲を持って規定されているものではなくて、本人の意識や立場によって、仕事に役立つ知識の場合もあれば、現在の職を投げ打って起業転職するまでの拡がりがあるわけだ。ネットに自分がどう関与していくかについて、ビットバレーは幅広い選択肢を見いだせる場であったのだと思う。確かにこんなに面白い場はそう他にはないかもしれない。

 夏ごろからビットバレーには、彼らの予想を遥かに超えた加速感がつき始める。
 6月14日、日経新聞夕刊トップに、ソフトバンクがアメリカのナスダック(店頭市場)と組んで、ナスダックジャパンという新しい株式市場を創設することが報じられた。
 アメリカでは株高に支えられた好景気が数年続いており、保有資産のリスク分散上も新しい投資先が求められていた。ゼロ金利政策のおかげで国内に有望な投資先のない日本の投資家もカネの行き先を探していた。ところが主にベンチャーや中堅企業が株式を公開する場であった店頭市場は、黒字企業であること、2期以上決算をしていること、株主数など公開基準のハードルが高くて、ネットベンチャーにはかなり敷居が高い。しかしアメリカの株高はハイテクベンチャーが牽引していることから、市場には「次はネット株」という期待感があった。それと「ナスダックは赤字企業でも公開できる」という認識は世間的にも拡がっていたので、ナスダックを直輸入すれば市場からの支持を得られるに違いないと、場の読みに長けた孫正義は踏んだのであろう。
 彼の狙いは見事に当たった。ナスダックの登場で投資機会が増えると考えた投資家はこれを歓迎したし、思わぬ黒船の登場に泡を食った東証は、11月に赤字企業でも公開できる新市場、マザーズをナスダックジャパンに先んじて創設した。この市場は世界でもっとも上場基準の緩い市場と言われている。
 そしてこれを機に、ネットベンチャーに投資家の熱い目が注がれ始めた。

b.pnga.png

サイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしていますサイト運営者は桜内ふみき氏をサポートしています




人間力★ラボ
人間力★ラボ




人間力営業
人間力営業



「人間力」101本