岡本呻也著 文藝春秋刊 

ビターバレー宣言!

 3月11日、ネットビジネスのノウハウを掲載する数少ない媒体として関係者に支持されていたメールマガジン、『週刊エットエイジ』30号のネタに困っていた西川は、小池の了承を得て「ビターバレー構想」を転載し、それに続けて「ビター・バレー宣言!」を起草。メーリングリストへの参加呼びかけ文をつけて発信した。
 本文は、「週刊ネットエイジの読者の皆さん、本号はきわめて重要な配信となります。なぜならここから日本のインターネット界にひとつのムーブメントを起こすことになるかもしれないからです」と書き始められている。続いて、渋谷区内から六本木にかけて点在しているネット企業の名が並び(そのうちすでにインターキュー、楽天、サイバーエージェント、オン・ザ・エッジなどが株式公開を果たしている)、また既に呼びかけによってビターバレー・メーリングリストに既に有力な50人の参加者があることが紹介されている。これが大きなうねりになることを予感した、ある種の高揚感に溢れた文体である。
 「はたして、この構想、日本のシリコンバレーになれますかどうか。ご期待・ご支援ください!」と宣言は閉じられている。
 この宣言によって、「渋谷を日本のシリコンバレーに」というメッセージが、4000台のパソコンに届き、それを読んだ4000人の胸に届いたはずだ。理念が社会を動かすというは、わが国にはなかなかそぐわないことのようだ。ある宣言文が人の心に響いて自発的に行動を起こさせ、社会的な動きとして拡がったことが、本邦の歴史上どれだけあっただろうか。長い時間をかけて醸成された幕末期の倒幕の機運との類似を指摘する人は少なくないのだが。

 3月19日夜9時、「ビットな飲み会」には50名程度が集まった。事前登録制だったのだが、「おっ、こんなにすごい人が」と意外に思うような業界の有名人が聞きつけて当日ゴリ押しして参加したりして、濃密な意見交換をしたようだ。
 「ビットバレーのメーリングリストの申し込みは即座に400人ほど集まった。これはをどうやらうまくいきそうだ」という感触を得て、「ではビターバレー・アソシエーションの運営主体をどうすればいいか」というテーマにぶつかった。小池、西川といった中心的人物が加わったスタッフのメーリング・リスト上で議論が続く。最初のビットバレーのメーリングリストはネットエイジのサーバーで運営していたのだ。
 そこで西野は"生態系"という概念を持ち出してきた。
 「生態系は神がつくったものだ」
 と、いきなり大きな話である。シリコンバレーはインテルがやっているものではなくて自然に企業が集まってできたものだ。後から参加する人に「ああ、あのネットエイジやネットイヤーがやっているやつね」という印象をもたれてしまったらうまく行かないだろう。
 「われわれがやるべきはコミュニティ・インフラの提供であって、僕たちがあまり出すぎちゃいけない。場をつくって、そこにベンチャーの種が蒔かれて生えてきて、VCという太陽に照らされ、いろんな肥料ももらって自然と育っていくんだよ。だから起業家以外の人も集まってほしいし、公的なところがやっているというイメージがあったほうがいいんじゃないの」
 かなり理想主義的な発想である。元々の小池のアイデアではNYNMAというNPOを参考にしていたので、「それではNPO志向のある中立的なETICに運営を頼もう」ということで話がまとまった。
 「NPOが運営することでビットバレーはヒエラルキーがまったくないという、それまで日本になかった場になりました。特定企業がやっているイメージがなかったので、その後ビットバレーはあれだけ加速感を増すことができたのでは」
 と宮城は述懐する。

 並行して、ビターバレーという洒落が利いた名称についても中心メンバーが参加するメーリングリスト上で議論が繰り広げられた。そもそもこのビター・バレーという名前の由来は定かではない。ネットエイジに昔パソコンが5台あり、シリコンバレーの地域の名前をそれそれつけていたのだが、それらをまとめたグループ名としてビターバレーと呼んでいたのが起源ではないかという説がある。シリコンバレーにいる人たちからは、「ビターバレーではネガティブ(後ろ向き)な印象が強すぎる」という意見が相次いだ。そこで名称を改めて募集したところ、「ビッターズバレー」「クールバレー」などの案が出たが、ネットベンチャーの集合であることや語感のよさもあって、メーリングリスト上でもビットバレーの人気が高く,これが採用されることになった。
 4月上旬、ビットバレーアソシエーション(BVA)の役割設定と活動内容について話し合おうということで、主催者たちはインフォスタワーのインターキュー内会議室に集合した。顔を揃えたのは、小池、西川、西野、松山、宮城、佐々木、富士通総研の研究員、そしてインターキュー社長の熊谷を加えた十数名。
 「企業から助成金をとるのはどうか」とか「ビットバレーTシャツをつくろう」などという案も出たが却下される。シリコンバレーやシリコンアレーのケースを聞きながら、結局BVAの役割は「小さな政府」を意識しつつ場を提供すること、土台を作ることという方向に意見が集約され、
 月1回のビットな飲み会を行う
 毎週金曜日に気軽に立ち寄れるビット・フライデーという飲み会を行う
 メーリングリストを運営する
 などが決められた。
 この辺りのコンセプトと役割設定が巧みさが、ビットバレーが社会現象とまで言われるようになった最大の要因だろう。彼らは知恵を持ち寄り、メール上とフェイス・トゥ・フェイスの意見交換によって、極めて正しい結論に到達することができたのである。

 この後BVAの運営はETICに委ねられ、小池、西川はご意見番として舞台の背景に一歩退くことになる。
 また同時期に並行して、いろいろなイベントが草の根的に立ち上がりつつあった。西野と松山はVCの本音の意見をきく「ビットキャピタルの会」なども運営していた。VCの若手担当者を招いて、「VCはネットベンチャーを出資対象としてどう考えているのか」と尋ねると、ベンチャーキャピタリストたちは、「俺はすごく出資したいと思うんだけど、上司がネットについて理解できないので、お金は出ませんよ」という情けない答えが返ってきた。まだまだネットベンチャーに対する世間の認識は、薄いというより無視に近かった。
 その一方で、西川がソフトバンクにネットディーラーズを億を超える金で売却したことが日経新聞で報道され、「実際にビジネスが高額で売れるんだ。ネットベンチャーには価値があるんだ」という驚きが伝わった。まるで大きな木にとまって羽を休めていた椋鳥の群れが、一時に群れだって騒ぎ始めたように、渋谷を中心にして急に自己主張を始めたネットベンチャーたちの声が内輪から拡がりつつあった。

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