岡本呻也著 文藝春秋刊 

ビットな奴らの(アトムな)飲み会

 3月5日、たまたまはであるが、渋谷の居酒屋うおや一丁で、3、40人ほどのネット関係者が集合して宴会が開かれた。シリコンバレー在住のネット界での有名人、神田敏晶(世界で一番小さなデジタル放送局KNN、カンダ・ニュース・ネットワークを運営。カメラを持って世界中を飛び回っている)の帰国をネタに集まろうと、松山大河と神田がお互いに会いたい人に声をかけて人を集め、業界のキーマンが初めて顔をあわせたのである。彼らはホームページやメールマガジンで自分の個性を主張し合い、常に持論を交換していたので、初めて会う人でもその人の中身はよくわかっているという奇妙な関係である。「ああ、あなたがあの○○さんですか」という素っ頓狂な声があちらこちらで上がっている。
 一次会が終わっても気分が盛り上がっている人が多く、みんな帰ろうとしない。
 「じゃあ2次会だ」ということで場所を探したが、あいにく大人数で入れる店が見つからない。「じゃあネットエイジに行こう」と、記念撮影をした後、当時は渋谷に隣接する高級住宅地、松濤の歯医者の2階にあったネットエイジの畳敷きのオフィスに15人ほどがなだれ込んだ。
 この時西川は地方出張に行っていて留守だったのだが、ネットビジネスに対する想いを共にする同士が集まっているので談論風発。
 神田が「すごいビジネスがあるんだよ」と、シリコンバレーで見てきた、バナー広告交換のネットワークを提供するリンクエクスチェンジの事例を話すと、「それはこう使える」「ここと組めばいい」などと新しいアイデアが次々に提案された。実際に見てきた人や、影響力のある人の話や評価を聞くことは、実感を持って新しい知識を咀嚼するためには非常に役に立つ。
 話は「インターネット党をつくって、われわれの代表を国会に送り込もう」というところまで発展する。
 「これって、やっぱり他の会社の人と会って話し合う場所があるといいよね」
 「ビット(電子的な最小単位)な付き合いだけじゃだめだ。気心の知れた業界人たちと、ある程度閉鎖された関係の中で自由にアイデアを交換できると、そこから何かビジネスが始まりそうだよ」
 「ビットに対して言うなら、アトム(原子)だな」
 「じゃあ、ビットな奴らの(アトムな)飲み会」ということで、これを続けていこうよ」
 と提案したのは、「週刊ネットエイジ」をペンネームで書いていた西野新一郎(アマゾン・ドットコム国際担当取締役)である。当時はNTTから片足抜けて、ネットエイジや、アメリカ最大手のショッピングサイトであるアマゾン・ドットコムの仕事を手伝っていた。
 学生時代はミュージシャンだった西野は、ジョン・レノンの「パワー・トゥー・ザ・ピープル」を引き合いに出す。ネットが広がっていくとどうなるか。消費の主権は必然的に、情報や資源を独占している企業から、民衆にシフトするのだ。ネットに関わっているベンチャーが一番意識しておかなければならない点はそこだ。ネットの世界はどこまでも開かれているので、情報や利害を独占しておくことは決してできない。逆に、開かれているからこそ大きなパワーが集まってくるのである。
 日本の金融機関では、私用メールを制限したり、検閲を行っているところが少なくない。それでは本当に重要な情報を手に入れることはできない。ネット社会のルールに従っていないからだ。自分が情報を発信しなければ、情報を得ることはできない。金は投資しなければ運用益を生み出さないし、人脈も抱えておくだけでは減っていくだけで増えないのとまったく同じである。人脈は紹介しなければ増えないし、金も退蔵していては目減りしてしまう。
 要は力のない者でも、全員がオープンにそれを出し合う場があれば、皆が利益を手にすることができるというのが、ネット社会の力学なのである。

 換言すれば、非力なものほど集まって力を出し合えば強者を倒すことができるのだ。ネットイヤーの小池のオフィスには、オランダの絵本作家が描いた『スイミー』という本が飾ってある。スイミーは小魚だ。仲間の小魚は大魚を恐れて狭いところに押し込められ、大海に出ることができない。スイミーはみんなを説得し連合して身を寄せ合い、大魚の形を小魚で作って本物の大魚を撃退し、広い海原に出ることができるようになるというストーリーだ。ネットはみんなを説得して他人と情報を共有するコストを大きく下げるので、不当な利益を独占している強者に弱者が対抗するためには有効な手段である。だがしかし、電子メールでは伝えきれない情報もある。意見のキャッチボールを繰り返しながら,情報の価値を高めて、単なる情報やアイデアをコンセプトにまで昇華させるようなことは、大勢が参加する電子メールではなかなか難しいし、できたとしても時間がかかってしまう。神田が話した「リンクエクスチェンジ」のようなビジネスの種に対して、どのような応用が考えられるか意見を出し合い、実際に儲かる仕組みにまで高める、つまりコラボレーションする場があれば、きっとネットを使って多くの人がしあわせになれる社会をつくることができるはずだという発想が、「アトムの付き合い」をビットバレーの住人たちが欲した理由の根底にあった。

 この飲み会で、「ビターバレー構想」を話題にしたのは松山大河である。そこで話していた、「アクセス向上委員会」という老舗サイトを運営していた橋本大也、インターネットサーベイ・メーリングリストという、調査統計・マーケティングに関する実務的なメーリングリストを運営していた萩原雅之(現在はサイトの視聴率調査を行うネットレイティングス社長)がこれを聞いていて、「そのコンセプトは素晴らしい」と賛同した。サーベイ・メーリングリストにはネットビジネスの情報を求める3000近い参加者があり(つまり3000人に同じ電子メールを発信できるということ)、松山は2次会が終わった金曜深夜の3時30頃、この飲み会がたいへん有意義だったとサーベイ・メーリングリストに発信している。
 その週末の間に、「ビットバレー」というスレッド(題名)のメールがこのメーリングリスト上を多数行き来した。その内容は、「こんなベンチャーが渋谷近辺にある」「うちも渋谷に近い、除け者にするな」という前向きな内容ばかりだった。
 8日月曜日に、「これ以上ここでビターバレーについて議論するとサーベイ・メーリングリストを乗っ取ってしまうかも」と気を利かせた松山は「ビターバレー」のメーリングリストを開設した。その後は、ビターバレーについての議論は、こちらで行われることになるが、最終的にはサーベイ・メーリングリスト参加者のうちの500人程度がこのビターバレー・メーリングリストにも登録したようだ。
 「アクセス向上委員会」の橋本、KNNの神田は、彼らが運営しているサイトを通して、ネット初期の業界ネットワークの中心人物であった。彼らはオフ会を開いて顔を合わせることで緩い繋がりを持っていた。そのネットワークが、ビターバレーという発火点によって顕在化しつつあったのだ。全員が同じ情報を共有できるメーリングリストはその媒介を果たす。ビターバレーのメーリングリストが開設されたことの持つ意味は大きかった。

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