岡本呻也著 文藝春秋刊 

脳味噌のエサは株式

 「力で理不尽を押し通そうとする既存の巨大勢力に対抗したい。そのためにはアイデアだ。アイデアから全てが生み出される。それとスピード、この2つが勝負のカギだ」。
 小池の心底にはこうした考え方があった。ネットビジネスの時間的感覚を表すのに「ドッグイヤー」という言葉がある。犬の平均寿命から考えると犬は人間の7倍くらい時間が経つのが早いと考えられる。ネット産業の進歩のスピードは他産業に比べるとその程度早いはずだということでシンボル的に使い馴らされている言葉である。小池はこれに対してネットイヤーという言葉をつくった。彼の考えるネットイヤーは2カ月である。2カ月以上先のことなど見えないからだ。2カ月を1年単位と考えて、その間に一つのビジネスが終わるように考えて行動しようということだ。そしてこのネットイヤーが新会社の社名となった。親会社の電通の名前は一字も入っていない。知り合いや友人を引き抜いて、社員も充実させた。
 「脳味噌に与えるエサというのは、給料やボーナスではなく、エクイティ(株式)なんですよ」
 と、小池は言う。日本では大手銀行をこかした経営陣でも巨額の退職金を得て余生を安楽に暮らしている。世間の批判などどこ吹く風だ。これでは経営者がまともに働くはずがない。だから会社が潰れるのだ。アメリカの経営者の給料は知れているが、ストックオプションという仕組みで、自社株をもらうことになっているので、自分の任期中に業績が上がって株価が跳ね上がれば、たいした仕事もしていないが格式だけは高い日本の大企業のトップの退職金とは桁の違う巨富を得ることになる。だから彼らは目の色を変えて、睡眠時間も削って仕事に取り組むのだ。
 アイデアを出す人はアイデアを出す。金を出す人は金を出すということだが、インキュベーターは役員を送り込んで、マネジメントについても大いに口を出す。金を出すのだからその権利はあるだろう。優れた事業を立案する創業者が必ずしもよい経営者でないという事例は、読者はすでに目にされたはずだ。そこで社長は一流企業を経営していた人を連れてきて,事業の発案者は経営陣の一人に納まってもらうということもアメリカでは普通であるらしい。例えばリバース・オークションで有名なプライスライン・ドットコムでは、事業の発案者で特許オタクのジェイ・ウォーカーは副会長で、経営はシティーコープの元会長や、AT&Tの元経営陣に任せている。
 アイデアが優れているほど、成功の可能性を高めるためにはマネジメント技術に長けた専門家の力を投入すべきだ。「これはイケる」というプランがあれば、どんなに高給を支払ったとしても、たとえばソニーの出井社長とか、オリックスの宮内社長を引き抜いてきても割に合うということになる。ここにあるのは、形のないアイデアに金、人、モノ、知恵をつけて、最速で「高株価」に結晶させるためのシステムである。
 シリコンバレーのVCは、自分が車で行ける範囲の会社にしか投資しないという。これもまた地域集積のメリットだろう。彼らは投資先を細かく回って経営を指導するから当然、投資件数を増やして数打ちゃ当たるという方法をとることはできない。代表的なVCでは、ネット関連だけで年間5000件のビジネスモデルの持ち込みがあり、100人の経営者の首実検を行い、そのうち実際に投資を行うのはせいぜい10件という厳しさだ。

 小池はこうした方式を踏襲して、本場シリコンバレーでネットベンチャー支援ビジネスをスタートさせたのだが、98年秋、親会社の電通自身が株を上場するという話が持ち上がってきた。これまで、戦時国策会社であった経緯から未上場であった電通だが、数年後を目途にいよいよ株式を上場して資金調達しようというのだ。その準備として、関連会社の整理が必要になる。ネットイヤーの場合、海外の事業というだけでリスク大とみられるのに、いつになったらNASDAQに公開できるのか皆目見当のつかない会社に投資して、その面倒をみるというのでは、見直し事業ブラックリストの筆頭である。
 小池としても、日本企業の子会社であることが足枷となって思うような動きがとれなかったところだ。
 10月1日の電通の組織改正までに決着をつけなければならない。小池は、後先を考えずに自分でこの会社を電通から買収する決断をした。
 「自分でやるからネットイヤーを売ってください」
 起業した時と同様の迫力ある交渉で2週間かけて電通を説得。次に2週間で買収資金をつくらなければならない。退職金を全てつぎ込んだのはもちろん、VCから資金を調達して本当にネットイヤーを自分のものにしてしまった。のれん分けのようなものであるが、これをMBO(マネジメント・バイアウト)という。
 早くもその1カ月後には、出資先のマイルネットという会社を、検索エンジンを運営するエキサイト社に売却するという話がまとまりかけていた。マイルネットのビジネスは、ネット上で企業の広告を口コミで広げていくと、航空会社のマイレージ・ポイントが貯まっていくという、あざといビジネスであったが、創業者3人から知人に送られたソフトは1週間で5000人に広がっていった。5000万円でつくった会社に対して1カ月後に提示された買収金額はなんと7億円。
 残念ながらエキサイト自身が他社に買収されてしまったので、この話は流れてしまったのだが、ことほど左様に企業とは売り買いされる対象なのである。

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