岡本呻也著 文藝春秋刊 

墜ちたカリスマ

 4月、社内でクーデター騒ぎが起こり板倉は関係者を馘首する。
 人心は完全に離反していた。
 この後は、板倉の持ち株60%を第3者に譲渡するという話から始まって、事業の譲渡先をひたすら探すことに板倉の時間は費やされる。加ト吉会長の加藤義和。ミロク情報サービス会長の是枝伸彦、ソフトバンク社長の孫正義(次章に登場する内古閑宏は、当時孫の近くにいて、板倉の事業内容説明を聞いている)、大日本印刷といった企業と続々と接触しては、会社の内情を知られるとあっさり断られてしまう。
 6月には新築ピカピカの高層ビル、インフォスタワーに引越した。住友不動産は「今風」企業のテナントとしてハイパーネットを選んでいたらしく、破格の値段を提示されたので、とても資金繰りに困っている会社が入居するようなところでない豪華物件に入ることになった。実はこの前に一軒決まっていたのだが、そこよりもこのビルの方が安かったのだ。月々300万円のコストダウンを達成し、単月黒転に貢献した。熊谷のインターキューもその同じビルへの入居を決めていたのだが、ハイパーネットがインフォスタワーに移ると、ついて来て10階に入居した。
 板倉はオフィスについても金融機関の担当者からねちねちと嫌味を言われ続けることになる。
 6月、板倉は財務畑の森下に社長の座を譲り、会長となった。同社がベンチャーではなく守りに入った証拠である。森下はカリスマ性はないが、社員には人気があった。
 こうした中、韓国サムソン財閥との提携がスタート。ハイパーネットは全売上高の5%をロイヤリティとして受け取る契約である。アメリカの事業家からの提携話も舞い込んできた。こちらのロイヤリティは7%。YEOを通して、香港やシンガポールでの事業化についても契約を交わすことができた。これらのロイヤリティ収入が入ってくれば、ハイパーネットの資金繰りはかなり改善するはずであった。
 しかし銀行の担当者は毎日やってきた。
 『本部からの指示なんです。手ぶらで帰るわけにはいきません。2000万円預金してください』
 『これで本部を説得します。ですからここに"お父さん"のサインをもらってきてください』
 日本リースもやってきた。
 『いまおたくのビルに車をつけているんですけどね』
 小切手を切らないとリース機材を引き上げるというのである。板倉は自分の首を締める小切手を切り続けた。
 8月、1年間で40回以上の海外渡航を繰り返し、海外戦略を支えていた夏野が大手企業から引き抜かれて辞めた。
 10月、売り上げは最盛期の3分の1の月商3000万円に落ち込む。社員も「もう倒産する」とわかっているから営業してクライアントに迷惑をかけることはできないのだ。給料は遅配した。それでもプライドの高いハイパーネットの社員たちは「ここまで来たら最期を見届けてやろう」と辞めずに、どこかから都合した現金を不渡りが出る前にせっせと運び続けた。
 華僑相手の増資話を横目で睨みながら、銀行の先付小切手の要求を呑まされて、あっさり倒産の日は12月1日と決まった。これ以後、アルコール漬けになった板倉は、神がかり的な憑き物がすっかり落ちて、ただの空元気なおにいちゃんになってしまっていたという。

 板倉に話を聞くと、真田との共通点が幾つかある。
 「一番辛かったのは社内の人間の自分を見る目が変わったことでした。外部の人に何を言われてもたいしてこたえないんですけどね。
 ひょっとすると、あまりにもビジネスに感情移入し過ぎてたのかもしれませんね。没入するのではなく、淡々と合理的にやっていればよかったのかもしれない。でも日本人は欧米人に比べると生活の中で仕事の占めている範囲が大きい。仕事の中に愛情も生活も全て求めてしまうというのはまちがいなんですよ。
 それと、カネ儲けに徹していれば潰れなかったと思います。もしそうならナスダックもやらなかったろうし。電通にも黙って100万円払ったと思う。でもそれならあれだけのメンバーは集まらなかった。僕は技術オタクで革命家。コンピューターが見せてくれた可能性を追いかけたんです。今までのルールを変えることはできても、金儲けはうまくなかった。
 出資者の人たちに対しては、債権者のみなさんの次に申し訳ないと思っています。彼らは僕のルールブレイカー(掟破り)としての部分に賭けてくれた支援者だった。結局それが僕の使命だったんですよ」
 ジャフコからハイパーネットに入社し倒産まで在社した西村もまた、Qネットの元社員と同様の感慨を抱いている。
 「ハイパーネットは青春そのものでした。自分が心の底から燃えて取り組んだ仕事だったし、初めての挫折を経験したし。僕は、ハイパーネットにいたことを誇りに思うし、自分は同じような失敗はしないぞと思っています」
 西村は知り合いの会社に入ったが、あのジェットコースターの興奮の中にいた身としては、普通の会社の仕事では到底満足することができない。元同僚の友人と、財務の知識を使って起業しようと考えた。そしてアプリケーション・サービス・プロバイダー(ASP)的な発想に辿りついた。彼が独立して設立したのが中小企業から経理のアウトソーシングを請け負うネットベンチャー、バックオフィスである。経理事務は繁雑で面倒なものだが、同社のソフトを使うと、顧客企業側は支払いや入金のデータさえ入力してバックオフィスのサーバーに送れば、バックオフィス側で仕訳や会計処理をしてくれる。月額1万円でできる経理アウトソーシングだ。会計事務所に頼むよりかなり安上がりである。
 「今のネットベンチャーのように、ドカンとファイナンス(増資)して広告を打って客を増やすというやり方は採りません。それが可能な環境だとは思いますが、僕はハイパーネット時代の"来月受注がなかったら資金繰りをどうしよう"という苦しみがトラウマになってるんですよ。この仕事は地道に営業活動をやるのがたいへんですが、大手企業が入りにくいし、一社独占にもならない。1、2年かけてきちんと飯が食べられるようなビジネスに育てたいと思っています」

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