岡本呻也著 文藝春秋刊 

ナスダックの呪縛

 12月22日、アメリカでハイパーシステムが稼動したが、開発費用がかさんだ上に、ユーザーの属性ごとに違う広告を送るというターゲティング機能が使えない、不本意なスタートである。広いアメリカでの広告営業の戦略も立っていなかった。
 売上目標は半期で10億円であったのに対して、ハイパーネットの97年3月通期の売上高は7億8500万円、経常損益は9億8400万円。ユーザー数は20万人に伸びていたものの、同社は、売り上げが伸びなければ、どうにもならない状況に追い込まれていた。
 しかも96年後半、ナスダックのハイテク株は大幅に下げ、ネット関連企業の公開は厳しくなっていた。97年が明けてすぐ、ソロモン・ブラザーズの担当者はナスダック上場の延期を申し入れてきた。野村は「うちはやりますよ、社長がやるなら」と言ってくれたが、板倉はナスダック公開の延期を決断する。
 「あれが一番勇気がいったことだったんです」
 と板倉は振り返る。ナスダックでの上場・資金調達のためにハイパーネットUSAに投資がかさみ、日本の方の資金が逼迫していた。これでは本末転倒だ。
 そこで板倉は2つの根本的な解決策を考えた。一つは増資である。2月末にVCを中心にして6億円もの増資に応じてくれた。社内の内情は意外と外部には洩れていないものだ。板倉雄一郎は未だに「ベンチャーの旗手」だったのである。YEOのメンバーの何人かも投資をしてくれた。
 もう一つはハイパーネットのシステム自体を企業向けにライセンス供与することだった。既に独自の会員を持っている銀行やカード会社などに、自社の広告スペースを持った独自のメディアとして活用してもらうというのだ。板倉は夏野を伴って住友銀行に國重を訪ねた。國重は住友銀行がハイパーシステムのOEM供給を受けることについては前向きに受け止め、吉田副頭取と調査部長を紹介してくれた。住友銀行はOEM供給を検討すると約束し、ついでに、ありがたくも「追加で新規融資の必要がないか」と訊ねてきた。そこで確認のため再度住友銀行を訪れた板倉は、ここぞとばかりに決めぜりふを口に出した。
 『うちのビジネスの将来性でしたら、マイクロソフトに聞くのが一番です。彼らがハイパーシステムを評価しているのはまちがいないと思います』
 ビル・ゲイツがハイパーシステムを評価し、彼のビジネスに取り込もうとしていることは、板倉にとっての切り札であった。銀行融資は無担保であるが、ビル・ゲイツが「あのビジネスは儲かるから組んでやるつもりなんだ」と言ってくれれば、それはどんな担保にも勝るお墨付きになるだろう。しかも住友銀行はマイクロソフト日本法人のメインバンクだった。
 数日を置いて、板倉は再度住友銀行を訪ねた。マイクロソフトの件を國重に訊くと、
 『いやあ。面白かった。先方はハイパーシステムの特許が気になっているみたいだねえ。事業については興味がないみたいだけど』
 不安になった板倉にかぶせるようにして國重は、
 『で、板倉君、もしマイクロソフトが同じような事業をやるっていったら』
 と尋ねた。その瞬間板倉には、近くに座っていた國重が急に遠くに行ってしまったように感じられた。実際、住友銀行はこの後、ハイパーネットと距離を取り始める。平たく言うと、見放したわけだ。
 國重はマイクロソフトで何を聞いてきたのかも具体的には語らなかった。だが、マイクロソフトが板倉が期待していたようなことを言わなかったこと、どちらかというとその反対の方向を示したことは確かである。マイクロソフトの意図にかかわらず、板倉や周囲が同社による事業買収や提携を期待したということは、ハイパーネットにかえって大きなダメージを与えることになってしまった。

 もう一つ、板倉は社内外に大きな不協和音をもたらす判断ミスを犯してしまった。
 販売促進のために、ハイパーシステムの広告単価を1人当たり40円から25円まで値下げしたのである。これには代理店やVCから苦情が殺到した。普通雑誌では部数が増えると広告料金も高くなる。部数が伸びれば伸びるほど儲かるビジネスモデルだ。ところが板倉はこのしくみを活かすことなく、部数を伸ばすために広告料金を下げたのである。
 社内はさらに混乱した。OEM化や価格政策の変更は商品コンセプトを根底から変えてしまう。営業現場からは反対の声が上がった。それより影響が大きかったのはナスダック上場の延期である。それまで「近々上場」などという話が毎日社内で交わされていたが、パッタリそういう話が出なくなった。不安が増していた社員たちは、「裏切られた」「話が違う」と感じ、今まであれほど強かった板倉へのロイヤリティーが失われてくる。また悪いことに、板倉は社外との交渉に走り回るばかりで社員に現状やナスダックに上場した場合にかかるコスト(社長の時間が社外対応にかなり割かれるなど)を説明する手間をかける余裕がなかった。
 社員との間の意識の乖離はますます拡大したようである。そうなってくると組織はスランプ状態に陥る。スポーツでチームがうまく行っているときはみんな負ける気がしないので技術や力量がたいしたことはなくても勝てるのだが、一度歯車が外れてしまうと前と何も変わっていないのに点が取れなくなる。そういう手応えのない感じを社員たちは味わうようになった。そして板倉自身は自分のマネジメント力に疑問を持つようになってしまう。不死身のマクベスが、自分が万能でなくなったのを覚った瞬間のようなものだ。この時点で板倉も自分が「コマンドー」であることに気がついたのである。2月末、彼は財務担当取締役だった森下に社長の座を譲ることを告げた。
 フェラーリも売り飛ばした。

 3月初め、各行は一斉に電話をかけてきた。この辺の銀行の対応は各行すべて同じなので、具体的な行名を挙げる必要はない。全行まったく同じ行動だったと板倉は言う。
 『BIS規制の関係で貸出資産を圧縮しなければならないので、3月末の決算をまたぐ間"いったん"可能な額を返済してほしい』
 いわゆる「貸し渋り」が始まっていた。しかし板倉は、営業状況は毎月数字を報告しているので、ロールオーバーしなければハイパーネットが潰れてしまうのはみんなわかっているはずだ。銀行はそんな愚は冒さないはずだから、各行の融資残高の30%くらいを一時返済しよう、そう考えた板倉は20億円の融資残高のうち6億円弱を返済した。
 しかし住友銀行は5億円の無担保融資のうちの2億5000万円の折り返し融資に応じなかった。この辺の事情に関しては相方の意見を聞く限り、約束したしない、という水かけ論である。そして他行は「冗談じゃない、メインの住友さんが折り返しできないって言ってるのに、なぜうちができると思うんですか」との返答であった。板倉はここで、メインがいる限り他の銀行に迷惑をかけることはないというメインバンク制度の意味を了解した。
 『他の6行にとって住友銀行という大銀行が融資していることが、当社の財務内容や事業内容以上に重要な"保険"だったのだ』
 國重はこう語る。
 「ハイパーシステムはいけると思いました。最終的には営業収入で返済してもらえるだろうが、ひょっとしたらナスダックで調達した資金で返済してもらえるかもしれないと思った私も甘かった。
 しかしナスダック公開のための資金政策が、9カ月から1年間はハイパーネットの財務を縛ってしまった。そして板倉君は、"ナスダック公開のためにアメリカでハイパーネットを立ち上げる"と言って突っ込んで行ってしまった。"ナスダック"の名に舞い上がってしまったんですね。そうやってできた大変な赤字がハイパーネットの命取りになった。
 経営者がよく陥るワナは、カネが入って来ないと"カネはないか"と探し回るし、増資で簡単にカネが入ってくるとわかるとますますそれに振り回されて事業に専念しなくなる。みんな同じ思いをしてますよ。でもね、本当に大事なのは事業をどうやってつくっていくかということです。経営者がダイヤモンドになるか、そうでなくなるかはそこにかかっています。今はちゃんと儲かっているネットベンチャーはほとんどない。問題は、儲かる事業ができるかどうかだけですよ。
 板倉君を見ていると、途中からは金繰りと資金調達ですべての才能を潰してしまったように思いますね」

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