岡本呻也著 文藝春秋刊 

ビル・ゲイツの目

 数日後、板倉と夏野は都内のマイクロソフトの施設でビル・ゲイツと、日本法人のトップである成毛、古川と面会した。
 板倉の目に焼き付いたのは、『ガラス玉のような冷たさを感じさせるビル・ゲイツの目』だった。ゲイツはラップトップパソコンでハイパーシステムを操作しながら、夏野と1時間近くも議論したが、板倉は最後に一言、
 『ハイパーシステムを御社のブラウザーソフトだけに限定して使えるようにするということに興味ありますか』
 と聞き、ビル・ゲイツは短く『YES』と答えた。それで会談は終わったが、この先どうなることか板倉には見当もつかなかった。
 数日後、板倉はマイクロソフトの契約する都内のマンションで成毛に再会する。インターキュー会長の熊谷正寿に誘われたからだ。
 熊谷は頭のいい、クールな事業家である。板倉に熊谷を紹介したのはインターキューの仕事を手伝っていた玉置真理だった。当時熊谷は、ダイヤルQ2を使って課金するプロバイダー事業に乗り出していた。「インターネットを使うためにいちいちプロバイダーと月極め契約するのは面倒だ」と考える人は少なくない。そこでインターキューは、ダイヤルQ2課金による、いつでも申し込み手続きなしで1分間20円でインターネットに接続できる「インターQ」を全国で展開していた。このシステム構築にあたっては、玉置や西山らQネットの元社員たちの力が大きかったようだ。
 玉置はある時、板倉のところに飛び込みでやってきた。「なんだこの東大生は」と板倉は思った。その玉置が熊谷の誕生日に「プレゼントにいい人を紹介してあげる」と熊谷をハイパーネットに連れてきた。
 そしてこの12月にインターキューはアスキーに次いで2番目のハイパーシステムを利用したネット接続サービス提供者となることを発表していた。「interQ フリーパス」が無料プロバイダーの2番手として登場したわけである。
 その場には、ビデオレンタルチェーンのTSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ社長の増田宗昭、板倉にナスダック公開をもちかけたソロモン・ブラザーズの黒部光生、ソフマップの鈴木慶、CLSの初代代表で現在はマーケティング会社を経営する西川りゅうじんなどがいた。成毛は板倉に近寄り、
 『実はね、この前、ビルと会った後の話なんだが、ビルはハイパーネットをマイクロソフトの事業部にしたらどうかと思っているらしいんだよね。でもそりゃあちょっとねえ。で、たとえばハイパーシステムの海外の権利をうちに譲るとかね、そういった方法はないかな』
 と話しかけてきた。板倉は混乱した。その場の全員が「おめでとう、億万長者の誕生だ」と祝ってくれたが、板倉はそうした話の広がりの大きさと、買収のような重大な秘密がこれだけ公然と語られていることに当惑を憶えずにはいられなかった。

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