岡本呻也著 文藝春秋刊 

真田哲弥の再来

 慶応義塾大学が90年に開設した新キャンパスは湘南藤沢キャンパスと呼ばれている。ここの第1期卒業生であった西村嘉騎は日本のベンチャーキャピタル(VC)最大手である日本合同ファイナンス(ジャフコ)に入社した。2週間ほどの財務研修を終えると、すぐベンチャーキャピタリストとして新規案件の開拓をしなければならない。証券系のVCなので証券営業に似たスタイルである。
 94年5月中旬のある日、西村は小さな新聞記事に目を止めた。ハイパーネットという会社がコンピュータの音声応答装置を使って、電話で懸賞広告への応募や通信販売を受けるIMS事業をスタートする。これによって従来のオペレーターによるテレマーケティングの費用を10分の1まで押さえることができるという画期的なシステムである。興味を持った西村は、早速飛び込み営業に向かった。
 渋谷3丁目のこぎれいなビルの7階にあるハイパーネットのドアをノックすると、コーヒーを入れたマグカップを片手にドアを開けたくれたのが、社長の板倉雄一郎本人であった。眉毛の太い、ちょっと西郷輝彦に似たルックスで、パリッとスーツを着こなしている。社員4人の小さなオフィスだ。
 「ジャフコといいまして、株式公開のお手伝いをしている会社なのですが……」
 「知ってますよ。一度出資を頼みに行って断られたことがあるから」
 「えっ、あっ、そうですかそれは……」
 「いやいやいいんですよ。ちょっと待っててくださいね、今資料持ってきますから」
 板倉は自分の会社を公開に一歩近づけてくれるかもしれないこの若僧に、得々と新事業であるIMSの説明をした。
 西村は板倉の話に感銘を受け、「この人は自分が追い求めてきたタイプのベンチャー経営者だ。他人にないオーラーが出ている。きっと成功するに違いない」と、上司にこの件を報告した。上司も「これは新人の第1号案件には丁度よさそうだ」と思ったのか、「じゃあやろう」ということになり、ハイパーネットに出かけてその年の9月に最初の増資2400万円を引き受け、2カ月後に8000万円のワラント債を引き受けることになった。
西村はこれを機会にハイパーネットに出入りするようになった。
 実はこのIMS、前章の最後に紹介したハイパーダイヤルがQ2規制に引っかかって売り上げが急減したので、なんとか生き残るために板倉が脳みそからひねり出したものだった。
 当時は音声自動認識の技術などない。電話をかける人には機械の自動応答の声が「ご住所を都道府県からお願いします」と流れるのだが、実はその住所を聞いて入力しているのはオペレーターなのである。ただし、住所は日本中の地名を入れたデータベースをつくり、未熟な人でも簡単に入力できるように工夫されていた。こうしたアンケートの答えは年齢・性別など定型で入力パターンが決まっていることに目をつけた板倉が、従来のハイパーダイヤルのインフラを転用して始めた商売なのである。一時期、トヨタの広告に載っている懸賞の大半は、このシステムを使っていた。車の年式を質問してデータベースをつくり、それをそのまま見込客リストにしてしまうのである。ちょっとした金鉱脈を掘り当てた板倉はこの仕事で大手広告代理店とのルートを開拓し、データベース・マーケティングのノウハウを身につけた。考えてみると、現在のインターネットを使ったデータベース・マーケティングの雛型のようなものだ。

 この頃板倉は友人に誘われてホテル陽光赤坂で開かれたベンチャー企業交流会に赴き、このホテルの専務と出会う。「板倉君、ベンチャーやるんだったら、やっぱり銀行の知り合いは必要だよ」、そう言って彼は、後日一人の若い銀行員を連れて板倉のオフィスを訪ねてきた。彼が仲人を務めたというその若手行員は、当時三和銀行青山支店で優良企業発掘に精を出していた高山照夫だった。当時東京円卓クラブは陽光ホテルに会場を移していた。
 頭の回転が早く、アイデアマンで鼻っ柱が強い板倉を見た高山は、「こいつは真田哲弥の再来だ」と思わずにはいられなかった。
 この機会に板倉が紹介されたもう一人の銀行マンは大物だった。住友銀行丸の内支店長國重惇史である。若い板倉は緊張して支店長室を訪ねたが、國重は暖かく板倉を迎えた。
 実は國重は、丸の内支店長に就任した時、「これからは重工長大産業偏重では難しい。ニュービジネスへの積極的融資でシェアを拡大するべきだ」との信念を持っていた。特にディスカウンターとIT関連を狙っており、わざわざ仙台まで出かけて酒販ディスカウンター最大手のやまやに融資したくらいである。ソフトな物腰と行動力を備えたスマートな銀行マンだ。
 当時のベンチャー業界は第3次ベンチャーブームに湧いていた。銀行も遅れてならじと、ソフトを担保にして融資する試みを行ったり、住友銀行はバンダイと合併でマルチメディア産業へ投融資する会社をつくったりした。銀行が優良案件を発掘して融資するだけでなく、系列のVCからも積極的に資金をつける。マルチメディア産業は都心に立地し、「ベンチャーは青山から」と言われていたようだ。そういう中でハイパーネットも既にVC4社から2億円の増資を受けていた。大企業が不良債権に縛られて身動きが取れずもがいている中で、ベンチャー企業に期待が集まりつつあった。

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