岡本呻也著 文藝春秋刊 

第2章 ビル・ゲイツに睨まれた男

世界初のビジネスモデル

 渋谷の南口を出て歩道橋を渡り、桜ヶ丘と呼ばれる辺りの、雑多な商店が両脇に立ち並ぶ坂道を上がり切ると、突然視界が開け天を衝く高層ビルが姿を表わす。渋谷インフォスタワーというオフィスビルである。
 1997年12月初旬、山一證券や北海道拓殖銀行の破産が人びとの心に暗い影を投げかけていた頃、このビルの荷物出入口に大型トラックが乗りつけられた。作業服と背広姿の十数人の男たちが14階に上がり、12月2日付けの自己破産の告示が貼りつけてある入り口の閉鎖を解いてオフィス内に入った。
 「じゃあ運び出してくださあい」
 破産管財人の弁護士の号令で、男たちは仕事に取りかかった。まず椅子、机、応接間セットなどの備品を次々と運び出す。続いてパーティションやキャビネットの組み立てが外され、中に入っている書類はすべて無造作に床に放り出される。しばらくは組み立てを外す工具の音と、ファイルや帳簿類が勢いよくザーッとぶち撒けられる音がやかましく響いていたが、3時間ほどして静寂が戻ってきた時には部屋の中は巨大ながらんどうになり、ファイルや紙きれだけが散乱していた。オフィスの什器備品は内装会社の持つ1億円ほどの債権の一部として引揚げられていったのである。
 11月末で一斉解雇された社員のうちの何人かが私物を取りにやって来ていて、この様子を無言で見守っていた。「これが倒産だなあ」。各人が実感していた。不思議と哀しくはなかった。ただ、みんな寂しさを噛みしめていた。
 「まあ、なんとかなるさ」と誰かが言った。

 ハイパーネット。
 91年6月設立、97年12月破産宣告。負債総額37億円。
 33歳の社長板倉雄一郎は26億円の負債を抱えて自己破産の宣告を受けた。破産宣告によって彼は債務からは解放された。
 天才的なアイデアマンである板倉は、95年に、広告を配信することでユーザーが無料でインターネットに接続できるシステムを考案、ハイパーネットとして世界に先駆けて実用化した。その特許はインターキューが買収して現在出願中であるが、これが成立すると同じようなビジネスモデルを持つ世界中の無料プロバイダー(日本にも10社ほどあるという)が全てこの特許に引っかかる可能性が出てくる。アメリカで400万人の会員を持つ無料プロバイダー大手ネットゼロは、この特許成立を見越してインターキューにライセンス料を支払い、北米大陸における無料プロバイダーの営業権を取得した。これがハイパーネット倒産から2年半を経た2000年5月のことである。
「世界初のプッシュ型インターネット広告システム」。これだけ優秀なビジネスモデルを独力で創出し、ニュービジネス大賞まで受賞したベンチャーの雄が、なぜあっけなく多額の負債を抱えて沈没しなければならなかったのだろうか。

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