岡本呻也著 文藝春秋刊 

とにかく金や

 だが、真田たちの希望的観測は完全に裏切られる。
 多国籍軍がせっせとバグダッドに爆弾を撃ち込んでいる最中、「公共性の高いNTTがアダルト情報の収金代行をしているとは何事か」という世間の批判の声を深刻に受け止めたNTTは、発信規制ができない旧式の交換機の地域については4月から新型のデジタル交換機へ切り換えるまでの間、ダイヤルQ2サービスを停止することを発表した。これにより利用範囲、回線数は増加から減少に転じることになる。
 情報提供者に対しても「サービスの健全な発展のための協力」を求め、応じない場合は3カ月後に契約を解除する方針を明らかにした。また、それまで2カ月だった情報提供者への代金支払いのサイトを。2カ月から4カ月へと大幅に引き延ばした。これはリース枠いっぱいまで使って大規模な投資を先行していたQネットにはかなりの痛手となる変更であった。
 NTTは、ダイヤルQ2事業の方針を完全に転向し、縮小する姿勢を社会に明確に示したわけである。規制はアダルトか否かを問わず、すべての事業者に対して等しくかけられた。ダイヤルQ2サービスは、電話回線を使って誰でも受けられる情報サービスであり、しかも課金の仕組みも完備した画期的なシステムであった。だが、収益性のよさに目をつけた悪質業者が参入し、情報提供者同士もいがみあって足並みが揃わず、NTTが盆をひっくり返さざるをえない立場に追い込んでしまったのだ。
 真田が夢に見た「第3のメディア」は死んだのである。日本のネットの夜明けはまだまだ遠かった。
 多国籍軍の戦車が砂漠を疾駆して、地上戦が幕を切った頃、Qネットの売り上げは急速な落ち込みを見せていた。番組提供者である大手出版社やレコード会社からの解約申し出が相次ぎ、コール数も目に見えて減った。世間の風は急に冷たくなり、営業マンも以前なら威勢よく企業に飛び込んで、「われわれは第3のメディアをつくっているんです」と胸を張って説明していたものが、「Q2」というだけで「えっ、ウチはQ2はちょっと……」と相手にしてもらえなくなった。
 そこに持ってきて真田の無鉄砲な金先物取引の失敗の噂が社内に伝わった。「勝手なことをされた」と感じた社員と真田の距離感はこれで一気に広がり、社内に抑えが効かない、不穏な雰囲気が漂い始めた。だれもが「このままで大丈夫かな」という不安を抱えた。
 酒席を共にしようという社員がめっきり減ってしまったので、真田は社員たちとの心のつながりが日毎に薄くなっていくことを感じ取らずにはいられなかった。「経営陣が一気に事業を拡張しすぎや」という批判が最初は間接的に、そのうちに直接聞こえてくるようになった。「おいおい、1年前に飲んだ時に言ってた話とぜんぜん違うやないか」と怒りがこみ上げてきたが、そんなことを口にできる状況ではない。

「それにしても資金繰りがつかない」
 真田はまず、義理のある高山に1億円を返済した。リース料の払いもある。何千本ものNTTへの回線基本料金も払わなくてはならない。しかしこれはそもそもNTTが早く情報料を払ってくれれば払えるものだ。パーティーラインで提携しているインフォコネクションへのライセンス料は交渉すると待ってくれた。ありがたい。
 収益性の悪い地方のQネットセンターは閉鎖した。
 問題は急速に膨らんだ人件費だ。「大企業が手を引いて番組数が減ってしまったので、新しいサービスを開発して売り上げを伸ばさなければならない」と考えた経営陣は、技術系の採用情報誌に広告を出して2月から4月の間に技術者を中心に30名も採用してしまった。社員数は倍増していた。リョーマから参加してパーティーラインの運用部隊を率いていた加藤は、親から借金をして2回目の増資で440万円の出資を引き受け、かつ内定していた三井物産の方を断って4月1日にQネットに入社する。この頃の資本金は株式公開を見込んで3回目の増資で9900万円。55人が虎の子を出資してくれていたのだ。
 「今の状況だと、給料を遅配するとQネットは一気に崩壊しかねん。そうだ、資金繰りに困ったら訪ねるよう声をかけてくれていた、リースの保証人の社長に会ってみよう……」
 真田が頼みの綱としたこの原宿のアパレルメーカー社長は、しかし時期を同じくして資金繰りに行き詰まり、倒産してしまっていた。真田にはまったく金策を頼むことなく、事業に幕をひいていたのである。だが今の真田に、彼に同情する余地などなかった。
 こうなったら撤退するより道はない。
 「ツーショットとアダルト路線に徹し、人や設備を整理すれば少なくとも生き残ることはできるはずだ。だが「第3のメディアをつくる」という美しすぎる旗の下に、電通や物産、日産など一流企業への就職を蹴って、多くの俊秀が馳せ参じてくれたのである。今さらどうやってこの旗を降ろせるだろうか……」

 4月に入ると、事業規模はピーク時の3分の1まで落ち込んでいた。金が要る。真田は金策に走り回った。たった3カ月ほどの間に、手が届きかけていた公開企業の夢は空のかなたにかき消えていった。
 従来の規制に被せて、NTTは5月から公衆電話からダイヤルQ2をかけられなくする新たな規制措置を発表した。これが決定的な打撃であった。自宅からダイヤルQ2を利用すると料金請求書に「Q2利用料」の項目が載る。これを嫌って、Qネットの利用者でも公衆電話からのコールがかなり増えていた。この規制の結果、コール数がさらに4割もダウンしてしまうことになる。表向きの規制の理由は、「変造テレホンカードを使った不正接続対策」であった。
 Qネットの役員たちも何度も役員会を開いて相談を重ね、取引先や伝手のある企業に向けて金策のために走った。当然、社長の真田は親兄弟はもちろん、考えつく限りのところに赴き借金を乞うたが、「貸したいのはやまやまだけど、こちらにも余裕がなくて」と、どこも似たような冷たい対応である。「そうか、再建計画をつくって、Qネットが立ち直る見込みを提示できなければ有る金でも貸すわけにはいかないんだ」と気づいた真田は、この窮状から脱する策を考えようとした。
 「何か打つ手があるはずや」
 彼はもがいた。彼はいつも知恵を使って窮地を鮮やかに切り抜けてきたのだから。
 しかし今回だけは、何も出てこなかったのである。全く気持ちの余裕がなかった彼にはには、どれだけ考えても打開策は見出せなかった。
 「どこが間違っとったんやろう。会社コケたらどうなるんやろ。なにもかも無茶苦茶になるんやろな。とにかく金や、金が要る」
 想念は堂々巡りし、理性は鈍麿していた。30人もの人間を関西から東京に呼び寄せ、数十億の金を動かし、数百ページの雑誌にQネットの社名と玉置真理の笑顔を踊らせた彼の卓抜した発想力は、この陥穽からだれ一人としてすくい上げることはなかったのである。
 4月24日、Qネットの役員は社員全員に招集をかけた。
 西山が、「会社はもう終わりです。これまでのような事業は継続できません」と宣言し、その横で真田は黙って頭を下げた。ゴールデンウィーク前に事態を社員に伝え、自活の途を探ってもらおうという配慮である。社員もこの日のあることを予期していたので、静かに発表を受け止めただけだった。4月に入社した10人の社員は、入社4週間目にして路頭に迷うことになった。創業から1年半、Qネットの命脈は尽きた。

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