岡本呻也著 文藝春秋刊 

会社は誰のものか

 「株式公開、それは社長がオーナーである会社から、株主がオーナーである会社に替わるということなんですよ。それでいいんですか」
 と経理を見ていた西山にまっすぐ尋ねられた真田は、「もちろんそれでいい」と答えた。だがその頃から真田の暴走が始まった。表面的には社長である玉置を立てているように見えたのだが。
 91年1月下旬、銀座で呑んでいた真田は、さる政府筋からの確度の高い情報として、「イラクを包囲していた多国籍軍が、1月26日を期して空爆を開始する」とのアメリカからの通告が、日本政府に届いたという情報を耳にした。
 「戦争が起こるゆうことは、金の値段が上がるいうことやな」
 真田は早速、社員旅行で長野に出かけている金庫番の西山に電話して、「今金を買えば確実に値上がり益が見込めるで」と話した。西山は「ぼくはよくわからないけど、社長の小遣いの範囲でやっておいたらどうか」と答えたのだが、真田はQネットのまとまった運転資金を証拠金として、金の先物を大量に買ってしまう。Qネットは企業としては未熟だったので、こうした支出の決済ルートも全く未整備であった。
 1月26日、多国籍軍の空爆が情報通り開始された。そこまでは想定通りであったのだが、東京工業品取引所の金価格は1月16日の終値グラム1858円を高値に1600円を割り込むところまで暴落してしまう。金価格は空爆を折り込んで既に上昇していたのである。読みは完全に外れた。この取引は役員会の承認を得ずに完全に真田の独断で行われたので西山以外の社員は知らなかったのだが、先物投資の会社から追加証拠金の催促の電話が何度もかかってくるので、事が露見するまでそう時間はかからなかった。
 さらに深刻な問題として、ダイヤルQ2自体が社会的な問題とみなされるようになったことがある。
 90年の1年間にNTTのダイヤルQ2サービスは順次全国に拡大した。90年末にはサービス回線数が3万4000回線、情報提供者は2000以上。12月の利用件数は3600万回まで膨れ上がり、都市圏では電話センターになかなか繋がらない。NTTが回収を代行した情報量は月間30億円近くにもなっていた。だが、3分間90円として1日1時間利用すると1カ月の料金は5万円を越えてしまう。子供のアダルト情報利用により20万円を越える電話料金が請求された事例や、残業時間が変に長い勤勉社員が、実は会社からQ2サービスを利用していたという事件が頻発。世論の批判を受けてNTTは、90年10月から「利用者が申請すればその回線ではダイヤルQ2の利用をできなくする」という発信規制を開始する。

 Q2サービスの番組内容は英会話や健康相談、クイズなど健全なものが大半で、アダルト番組数は2割程度にすぎなかったが、Q2サービス自体のイメージは急速に悪化し、もはや社会悪とみなされるレベルまで堕ちてしまう。業界71社は2月に「日本電話倫理協会」まで設立して自主規制を始めたが、大企業は飛び火を恐れて番組提供を打ち切り始めた。
 Qネットでは、事業環境の急速な悪化を受けて、「当社がやっているのは健全な番組であり悪質業者の事業とは全く違うものだ」という意見広告やイメージ広告を、新聞や雑誌に打つ対策をとった。役員の間には、「こうしてアピールしておけば、NTTが問題視するのは一部の悪質業者であり、Qネットのような優良業者の営業を阻害するような規制の網はかけないだろう」という楽観論が支配的であった。

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