岡本呻也著 文藝春秋刊 

社長追放

 87年6月、真田は資本金100万円で株式会社リョーマを法人登記。代表取締役社長真田哲弥、代表取締役専務西山浩之。

 リョーマの1LDKのマンションオフィスには大勢の学生が出入りした。机は東急ハンズで買ってきた組み立て机。しかし、「ここを根城に日本を変えてやる」と、学生社員たちの鼻息は荒かった。彼らは若さと勢いで前進した。
 仕事の合間に話を交わす。
 「ところで会社をつくったんはええけど、この会社の目的って何や」
 「そりゃ合宿免許と広告業やろ」
 「せやけど儲かるだけじゃ詰まらんで」
 「うーん、そんなもんかなあ」
 「せやったら、ここは梁山泊でええやん。ここから百八人の社長を出すっちゅうことで、面白い学生がおったらどんどん引き込め」
 目を輝かせて言ったのは真田だった。リョーマを舞台にして自分の夢が広がっていくのはこの上なく楽しかった。
 西山が担当する合宿免許事業は学生を使った地道な営業で、単価25万円程度の客を月に100~300名取るまで順調に成長していった。沖縄まで営業の手を延ばしていたという。87年の売り上げは2億3000万円。関西の合宿免許では最大手の一角を占めていただろう。
 リョーマは同じマンションの2LDKを借り増してオフィスを拡張。一部屋は徹夜仕事のための仮眠室にあてた。和気あいあいの学生気分で毎日が過ぎていった。
 「なんか伝票がいっぱい溜まったな」
 「伝票整理なんか面倒やぞ」
 「よし、俺が行くバーの隣が経理学校で、そこの生徒がバーテンダーのバイトをやっとるんで、そいつにやらせよう」
 西山はバイトでバーテンダーをやっていた山下伸一郎を呼び出した。彼がリョーマに来てみると、机の上に伝票と本人の名前が入ったリョーマの名刺が乗っていた。彼はそのまま入社し、真田とその後10年以上付き合うことになる。

 しかし順調なように見えて、どうもおかしい。そろばんが合わないのである。
 「なんで儲からへんのやろ」
 みんな首をかしげた。だが会計の知識がないので何が問題なのかさっぱりわからないのだ。
 「ひょっとして、真田さんのやっている広告部門に問題があるんやなかろうか」
 真田が担当し、学生部長である加藤が集めてきた40人ほどの学生を使って企業から販売促進やイベントを請け負う広告部門は、大きな商売を取ってきてこなしているように見えた。主軸はインカレのサークルカタログである。この雑誌への広告出稿を企業に促す広告営業から企業と接点を持ち、その企業の販売促進やイベント請負などに取引を拡げようという戦略だ。大手企業から出版物の制作費を2000万円取ったり、日本初の学生向けカードの企画や、大規模なイベントを手がけていた。
 「真田さんはよくまあこんな凄い仕事を取ってくるよなあ」
 「いや、感心してたらあかんで、よくよく計算してみたら、広告の収入はでかいけど、準備に時間や人手がかかり過ぎや。これは完全に赤字やで」
 「うそっ。うわっほんまや、こらあ完全に免許部門の利益を食っとるで」
 「どないしたらええ。真田さんはどこや」
 「いやあ、ここんとこリョーマには来てはらへんで」
 「そういやそやな。どないなっとんねん」
 「なんか新しい仕事が入りそうやから、また人を採ってくれ言うてはったで」
 「あかんでそれは」
 自分たちの働きが実らず、その元凶の真田があっちこっち飛び回っているという現実は、社員の反感に火をつけた。社員総会が開かれ、何をどうすれば収益が上がるのか。幹部は寄り合って相談した。
 「広告は水モノや。このままじゃ、真田のせいでリョーマは潰れてまうで」
 「せっかくここまで順調に来てるのに」
 「よしわかった。ここは俺が言うしかないやろ」
 と西山。
 「やけどプライドの高い真田のことや、正面から辞めてくれ言うたら反発するだけや。ここは"俺が辞める。独立させてくれ"ということにしよ」
 「はあ、そんな手でいってみるか」
 リョーマの幹部たちは真田を呼び出した。普段でも真面目な西山の顔が暗くなると凄みが出る。他の役員も目つきが険しい。真田も只事でないことを悟った。西山が口を開いた。
 「俺、独立させて欲しいねん」
 「いったいなんでや」
 「このままでは広告部門の赤字に引きずられてリョーマは倒産や。僕は代表権のある役員として責任がある。せやから独立して免許部門だけでも生き残らせるべきや。こういう仕事は僕の方が得意やから僕がやる。それが許されんのなら、辞めさせてくれ」
 部屋の空気が張りつめた。真田は役員の目を見渡して自分に味方する者が一人としていないことを悟り、「なにをいうか、俺のアイデアでリョーマはここまで……」と咽元まで出かかった言葉を飲み込んだ。安定した収益を得るようになったリョーマには、コマンドーは必要なかったのである。真田はせわしなくタバコを取り出して火をつけ、紫煙を深く吸い込んだ。
 「わかった、俺が出ていけばええんやろう」
 坂本龍馬の名を冠した会社、自分がつくった会社を追われるのは断腸の思いだ。だが真田は黙ってリョーマを後にした。
 「追い出されたんやない。俺の方から出てやったんや。俺が一からやったら、リョーマなんか目じゃないビジネスができることを見せつけたるっ」

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