岡本呻也著 文藝春秋刊 


第1章 ダイヤルQ2から生まれた
ネットベンチャー

第3のメディアをつくる


 「ベンチャー」という言葉にまつわる一般的なイメージの中でも好ましからぬ組み合わせ――「若さ」と「野望」と「挫折」について語ろう。
 話はバブル景気の頃に遡る。1989年6月のある日、東京発の下り新幹線の車中に思い詰めた表情で目をぎらつかせた小柄な青年が座っていた。真田哲弥25歳。長髪、口ヒゲ、ガラガラ声のこの若者は、関西学院大学に在籍していた頃は、「彼を知らない学生はもぐりだ」と言われるほど、関西の学生界を仕切っていた。その彼は今、若きベンチャー起業家としてスタートを切ろうと、ぶ厚い事業計画書を抱えて東京から再び時速200キロで西下しつつあった。
 「ダイヤル・キュー・ネットワーク事業計画書」。この事業こそポータルとプロバイダーの概念を備えた日本初のネットベンチャービジネスだったのである。

 88年、ある事情で東京に出てきていた真田は大学時代から世話になっていたテンポラリーセンター(現・パソナ)の知人に、「89年7月からNTTが、アメリカの900番サービスのような、有料電話サービスをやるらしいよ。なんでも伊藤忠商事の子会社がNTTに熱心に働きかけて実現したらしい」という情報を教えてもらった。いわゆるダイヤルQ2サービスである。商売の種を探していた真田の脳裏を、瞬間、「これやっ」という閃きが走った。
「企画やコピー書きの仕事は自分が働いた分しか儲からん。こんなのはビジネスじゃない。ダイヤルQ2なら寝てる間も機械が稼いでくれるから、初期投資だけすれば固定費や販売費を増やさずに利益が上がるに違いない。これこそビジネスや」
 真田は代々木駅前の汚い貸机屋を借り、手書きの原稿をそこに居る事務員のおばちゃんに清書してもらいつつ、練りに練った事業計画をまとめ上げたのである。その計画書と共に、彼は今、関西の仲間の元に向かっているのだ。
 真田が考案したダイヤル・キュー・ネットワーク(以下Qネット)のビジネスモデルとはこのようなものである。「NTTが料金回収代行をしてくれる」という話を聞くと普通の人なら「じゃあ、どんな番組を提供すれば儲かるかな」と考える。ところが真田はそう考えなかった。
 真田は番組をつくるのではなく、インターネットで言うところのポータルをつくろうとした。彼こそ、いわばポータルサイトの概念の発案者なのである。

 ポータルとは玄関という意味だ。いろいろな情報を載せたサイトを集めて、その入り口となるサイトをポータル・サイトという。利用者は、広大なインターネットの世界の入り口として、接続の窓口となる特定のサイトを必要とする。1日1億ページビューを達成し、日本で一番アクセス数が多いサイトであるヤフーもこの玄関サイトとして位置づけられる。つまりヤフーにアクセスすると、ホームページ検索以外にもニュースを見たり、ショッピングしたりレストランを探したり、オークションに参加したりと、いろいろなサイトへの入り口になっているからだ。
 ポータルサイトには、ヤフー、グー、ライコス、インフォシーク、エキサイトのような検索エンジン以外に、ネット接続事業者であるプロバイダー各社も力を入れている。大手のプロバイダーには、富士通の@ニフティー、NECのビッグローブ、ソニーのソネット、マイクロソフトのMSNなど、パソコンメーカーの系列会社が多い。パソコンに電源を入れたら、すぐ自社の系列プロバイダーに接続できるような仕掛けにしてあるからである。こうしたプロバイダーのサイトがポータルとしてアクセス数の上位を占めるということは、日本には魅力的で役に立つサイトが少ないということの裏返しだろう。一方、ベンチャー企業のプロバイダーも存在する。93年に日本初の商用プロバイダーとしてスタートし、苦難の道のりを歩んだインターネット・イニシアティブ・ジャパン(IIJ)や、ベッコアメがそれだ。また、ダイヤルQ2回線を利用して課金するというユニークな発想で成功したインターキューも独立系プロバイダーである。ただし、これらの企業は自社のサイトをポータルとして客を呼び込もうという戦略はあまり採っていない。それから,最近やって来た外国資本のライブドアは、利用者に広告を見せたり、マーケティングデータを収集する代わりに、無料でインターネット接続をするというサービスを開始している。
 メディアが展開する情報系総合ポータルサイトも頑張っている。その代表例としてリクルートのイサイズを上げることができる。リクルートは就職情報、住宅情報、アルバイト情報、資産運用、旅行、読書などの雑誌を発行、広告掲載料を収入としているが、そうした検索性のある情報はインターネット上での提供によく馴染む。特に学生の就職の説明会情報を網羅したリクルート・ナビは、昨年就職した学生の大多数がこれを使って会社を決めたと言われているほどのアクセスを誇っている。同社は情報掲載企業から掲載料を取り、イサイズは99年に162億円を売り上げた。 各メディアも自社の情報を活かしたサイトの構築を狙っているが、リクルートに匹敵する成功例は日経BP社とインプレスくらいだろう。
 ポータル・サイトは現在、綜合ポータルから、アマゾン・ドットコムのように領域特化する方向と、個人の情報ニーズを取り込んで、利用者個人が必要とする情報をカスタマイズして効率的に提供する方向に進化しつつあり、サイバー・スペースの中で激しく熱い闘いが行われている。

 インターネットなど姿形がなかったバブル時代、既に真田は電話を利用してポータル的なメディア支配を構想していた。ネットに関わりを持たない素人の発想としては、まさに野望という表現が適当なほど雄大なものであった。
 0990-320-110。これが東京Qネットセンターの番号だ。利用者はここに電話をかけ。♯に続いて4ケタの番号を押すことで、そこから希望する番組、プロレス情報とか、アイドル情報、雑誌情報、映画情報などの番組に飛んで行くことができる。つまりQネットは9999個の箱をつくって、そのインフラを売る会社なのである。
 情報料は番組によって違うが、1分数十円が課金されNTTが回収する。NTTはそこから9%の手数料を差し引いてQネットの口座に振り込む。Qネットは情報料の15~30%を情報提供業者や代理店に支払うという仕組みである。
 電話には市外料金がかかるので、Qネットは全国主要都市にQネットセンターを開設し、その周辺の人は近くのセンターに接続できるよう便宜を図る。Qネットを通して情報を提供したい企業は、東京のQネットセンターにテープを持ち込めば自動的に全国に配信される。またプロレスの結果情報などは各地に社員を派遣して取材し、自前でスタジオを借りて番組を製作、配信する。
 もしうまくいってQネットセンターにコンテンツが集中するようになれば、他の企業は自前でセンターを設置しようとはしなくなるだろう。番組数が増えれば増えるほどQネットの認知もアクセスも向上し、利益が叩き出されるはずだ。
 事業計画書の冒頭には「マスメディアに替わる第3のメディアをつくります」と高らかに謳われていた。Qネットの考えるべき命題は、この320-110という電話番号をどれだけ多くの人々に知らせるかである。これは現在のネットビジネスが自社のブランド認知のためにコストをかけている姿とまったく変わらない。このビジネスモデルは、まさにポータルサイトとプロバイダーの先駆けだが、驚くべきことにそれまでネットビジネスなどまったく手がけたことのない真田の独創であった。ではなぜ彼はこんなアイデアをひねり出すことができたのか。


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