HOME > 運営者人事考課 > 12-13イタリア旅行 > 12-13イタリア旅行 1/5 ソレント アマルフィ サレルノ

1/5 ソレント アマルフィ サレルノ

アマルフィ

 8:04発ソレント行きのヴェスビオ周遊鉄道はいつまで待ってもナポリ駅に入線しない。ひどいものだ。やっと8:20になって電車がやってくるが、同じホームからソレント行きとPOGGIOMARINO行きが出るので、延着している場合どちらだかわからない。仕方がないので、これに乗っていくことにする。行き先表示はないし、10分以上遅れるし、信じられない鉄道だ。
ヴェスビオ周遊鉄道 今日はほとんど移動しているだけの日になるだろう。単線の電車は間抜けな警笛を鳴らしながら、ぐるっとヴェスビオス山を回っている。いつも思うが、この鉄道はかなり汚く、乗り心地も悪い。空調もない。移動するという基本的な機能に特化している電車だ。
 車内では携帯電話や、仲間と大声で話している人も多い。それでみんな平気なのは、イタリア人はいい意味で自己中心的だからだろう。人のことなんか全く気にしないし、どう思われようと構わないと思っているのだろう。「周囲に合わせないといけない」なんて考えたこともないのだろう。
 日本人から見ると異常に見えるが、そこに独創のカギがあるのではないか。この国のデザインが優れているのはそのためだ。日本のように「常に周囲といかに同調するか」を考える性向は、むしろ世界的に見れば異常なことと考えなければならないだろう、などと考えているうちに乗り間違えた電車はPOGGIOMARINOの駅に着いた。

ソレントソレントの町はきれい。 仕方がないので、多少でも時間を節約するために支線で引き返してソレント行きに乗り継ぐことにする。たっぷり1時間待って乗り換える。
 こんな貧乏鉄道なのにポンペイから先が2駅ほど地下になっているのは驚いた。TORRRE ANNUNZIATAで10:43ソレント行きに乗り換える。アホみたいだが、ヴェスビオ周遊鉄道に乗って本当にヴェスビオス山を1周してしまった。
 11:30ソレント着。ソレントは遠かった。この町はとても美しい保養地で、ナポリなんかと比べるとずっと街並みがきれいだ。
バスの1日券を駅の売店で買って、駅前広場に面したピザ屋に入る。意外とあちこちのコンテストで優勝しているピザ屋のようだ。

ポジターノと 駅前広場をうろついて、12:30発のCITA社のアマルフィ行きバスに乗る。
 出発したらすぐ「随分登るなあ」と思ったら、道中その右側に地中海の絶景が広がる。狭い道路のすぐ下は数百メートルの断崖絶壁で、そうした海岸線に面して白い壁の家が崖にへばりついて段々畑状に山のはるか上まで続いているのだ。
 これはすごい。
 白い家の数が一番多くなっているあたりはポジターノという町らしい。すごいものだ。このくねくねした道を老年にさしかかった運転手がガンガン飛ばしていく。
天然の洞窟の下に巨大なpresepioをつくってい この運転手は観光客と話しながら運転していて、絶景ポイントではバスを止めて写真撮影の時間を作ってくれる。天然の洞窟の下に巨大なpresepioをつくっているところでは、降車して撮影させてくれた。

 くねくねした崖の上の道をバスは1時間半かけてたどり、アマルフィについた。
 アマルフィは、この海岸線では唯一ある程度まとまった土地があり、港も作れたので発展したのだろう。建物の造りも他の町に比べるとしっかりしているように見える。
 イタリアで最初に栄え、最初に力を失った海洋国家である。その痕跡があるかどうか確かめにはるばるやってきたのだ。

ドゥオモ 地中海の地図の壁画のある町の門を入ると、すぐ幹線道路が走っているので、飛び出すと車にひかれそうだ。
 歩いて数歩でドゥオモのある広場に出る。ロマネスクの外観の教会だ。3ユーロを払って入ると、まず妙に美しいロマネスクの回廊がある。天国の回廊というのだそうだ。ここの地中海風の庭もよい。
 それから6世紀後半に建った初期キリスト教建築といってもよさそうなバシリカを見て、そこから地下礼拝堂に入る。

地下礼拝堂 ここがアマルフィで一番重要な場所だ。なぜなら第4次十字軍でコンスタンチノープルから持ってきた聖アンドレアの遺体があるからだ。そうだった、フランス人をそそのかしてヴェネチア共和国がコンスタンチノープルを攻略して大儲けした第4次十字軍にアマルフィも協力して船を出したんだった。

 ヴェネチアはすでにアレクサンドリアから聖マタイの遺骸をかっぱらってきているので、貴重な聖アンドレアの遺体はアマルフィのものになり、この町の守護聖人になったのだろう。遺骸の胴体の収められた棺の上にクリスタルの便が置かれていて、毎年本人の祭日前日には「マンナ」という液体が収集されるのだそうだ。さすが聖人、物理法則を無視している。

 礼拝堂の祭壇は、ミケランジェロの弟子が力強い聖アンドレア像を作り、ボールトのかかった天井はキリストの受難を描いた画で埋まっていて見事なバロック空間となっている。そうするとこの町は、17世紀ぐらいまでは栄えていたのだということがわかる。

アマルフィ 地下礼拝堂から上に上がると、バロック時代に新築された大聖堂の内部に出る。してみると、この教会のファサードはネオロマネスクである。大聖堂の天井はキリストと聖アンドレアを描いたキャンパス画で装飾されているが、壁面はむき出しで、地下礼拝堂を見た後ではとても質素な印象を受ける。この辺がヴェネチア共和国との財力の差なのだろう。

 最初に栄えた海洋国家の痕跡はないものかと、町のメーンストリートをジェラートを食べながら歩いてみるが、土産物屋があるだけでめぼしいものはない。
 通りの裏に歩行者用の生活道路があるようで、地元の人はこちらを利用している。ちょっと歩くと、すぐに町は尽きてしまう。小さな町だ。どうやら大聖堂以外に見るべきものはないらしい。浜に出て、塩野さんが最初にヨーロッパに来たときに見たかったという地中海の青さを確かめ、水をすくって舐めてみる。温度も塩ょっぱさも生温かった。
 突堤からアマルフィの町全体を振り返ってみると、夕焼けが家々に照り映えて実に美しい。これを見ただけでもここに来てよかった。6時間かかったけど。

 帰りは16:00のバスに乗る。
アマルフィ 右側にまた素晴らしい海岸線の眺めが続き、バスはまたとんでもない隘路を対向車と苦労してすれ違いながらガンガン飛ばすが、私は左側に座ったので寝ているうちに17:10バスはサレルノのFS駅前に着く。
 17:23発のナポリ中央駅行きに乗る。
 6時間かけて行って、帰りは2時間で帰ってくる。

 ホテルで着替えてパソコンに接続。回線が遅い。
 地下鉄に乗ってカヴール広場へ。そこからドゥオーモのほうに歩いて右に曲がり、ピッツェリアDi Matteoへ。
 地元の人がビザを食べに来る旧市街の有名な店だ。
 店の前の石畳の道は細い通りなのに、持ち帰りビザを買う人と、立ち食いする人、店に入るのを待っている人、通行する車とバイクで大混乱だ。子供の泣き声、大声で話す人の声と、自動車やバイクのクラクションで大騒ぎだ。クリスマスイルミネーションと車のヘッドライトがますます喧噪感をかきたてる。なるほどフェリーニの世界はこういうのを描いてるんだなと思う。毎日こんなことをしているのだろう。
 店のお兄ちゃんに名前を告げて、店の外で名前を呼ばれるのを待つ。
 1時間以上は待ったのではないか、やっと名前を呼ばれてテーブルに着き、マルゲリータ3ユーロ、カプリチョーサ6ユーロ、それとワインを頼む。ビザは生地がうまい+焼き方がよい。クリントン大統領が食べに来た時の写真が店頭にかかっている。
 旅も終わりに近づいたので現金の持ち合わせが少なくなっている。両替しようと思ったのだが、ナポリ中央駅には両替所がなかった。
 こういう店はカードは使えない。いくらになるかなとビクビクしていると、16.5ユーロだった。安くてうまい。ありがたい。ここは地元の人は家族連れで気軽に食べに来る店なのだろう。それにしても日本のピザは異様に高すぎる。

 11:30地下鉄駅に戻ると、もう閉まっている。タクシーも捕まらないし、一駅なので歩いて帰ることにするが、この時間なのに店は開いているし、すごい人出だ。
 よく考えたら土曜日だった。テント張りで実況しながら派手に安売りをしていて、みんな行列している。カネはかかるが面白い販売方法だ。イタリア南部は人手は余っているのでできることなのだろう。
 ミネラルウオーターを買って帰る。



red.gif

これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。