HOME > 運営者人事考課 > 2011年ヨーロッパ旅行 > 2011年ヨーロッパ旅行 1月18

1月18日 ローマ〜ミラノ

 どうやら最近は、コロッセオに入るのに並ばなければならないような状況になっているとガイドブックに書いてあったので、朝9時前に地下鉄でコロッセオに行ってみる。
IMG_6956.JPG ガラガラである。そもそも、金を払ってコロッセオに入るのは初めてだ。有料になったのだから、以前と何か違うサービスがあるのかと期待したが、まったくそのようなものはない。それどころか、今月からローマのホテルは観光税を取るようになったようだ。自分たちは何もしていないくせに、先人の偉業にぶら下がって外国人から金を取ろうとは、まったくいい気なものである。コイツらはご先祖様に感謝するべきだ。
 巨大な古代ローマの遺構であるコロッセオを見て、彼らが2000年前に持っていた文化水準の高さに改めて思いを致す。

IMG_6985.JPGアウグストゥスの妻リヴィアの家 コロッセオを出てパラティーノの丘の遺跡に入場する。ローマの建国神話ではこの丘を城壁で囲んで、最初のローマの市域としたとある。その後アウグストゥス以後の皇帝が住むようになり、ほとんど丘の形を変えるほどさまざまな構造物を建てている。
 アウグストゥスの家やリヴィアの家が非常に保存の良い状態で発掘されている。
 遺跡には、鳥のさえずりが響き渡り、すがすがしい良い気分になる。

 パラティーノの丘からフォロ・ロマーノに降りてくる。
IMG_7020.JPG
 ここは古代世界の中心である。また私は、今日の西洋文明の中心地点もここだと思っている。

 ここで驚いたのが、フォロ・ロマーノの中に前世紀に復元された元老院の建物があるのだが、そこになにやら東洋風の展示がある。
 よくよく見ると、始皇帝の陵墓から発掘された兵馬俑が10体ほど展示されているのである。なんなんだこれは!
IMG_7035.JPGIMG_7041.JPG そもそも兵馬俑自体私は初めて見た。案内には、「世界最初の帝国」と、ふざけたフレーズが書いてある。
 そりゃ確かにそうかもしれないが、秦はたかだか15年しか続かなかった国家である。千年以上続いたローマと比肩するのはまさにおこがましいとしか言いようがない。秦が帝国であるのは、単にそれまでの王権と区別をしたかった始皇帝が勝手に名乗ったからにすぎない。
 共和制国家を経て帝政になったローマとは成り立ちが根本的に違うはずである。
 しかるに中国は、ローマ帝国の権威を利用してヨーロッパに近づくために、このような展示を明らかに政治的な意図をもって行っているわけだ。ポスターを見れば、中国の意図はまったく明らかである。われわれは、中国のプロパガンダがこのように世界中で行われていることを意識しなければならない。中国国内でも、この小さな展示は、最大限利用され、宣伝されているはずだ。

IMG_7074.JPG
 さてこのフォロ・ロマーノでも、立ち入り禁止区域がどんどん増えてきている。20年前に最初に来たときにはヴェスタの巫女の家にも立ち入ることができたのだが、それは10年ほど前に立ち入り禁止になっていた。今回はロストリ(演壇)のあたりにも入ることができなくなっている。
 その半面、元老院の前で新しい発掘が進んでいるようだ。なんだかわからないが、成果が楽しみである。
IMG_7044.JPG               ヴェスタの神殿
 皇帝たちのフォロの案内センターで、復元されたフォロの模型を見て、地下鉄でポポロ広場のホテルに戻ってくる。
 ホテルからタクシーでテルミニ駅へ。ピザを食べてビールを飲む。

 午後2時発のユーロスターイタリアでミラノに移動。
 車内でたまたま共同通信のローマ支局の人と隣り合わせて3時間話しているうちに、ミラノに到着。
 駅前のホテルにチェックインする。
 6時半、タクシーでドゥオーモに移動。まずスカラ座に行ってネットで予約していたこの日のチケットを受け取る。
 7時すぎ、ミラノ在住の川村さんとガッレリア前で待ち合わせ。AUTOGRILLで軽食をとる。ここはドゥオーモ広場の景色が上から楽しめる絶景ポイントであり、なおかつ安いにもかかわらずとてもうまいと評判の店なのだそうだ。ミラノの穴場である。

 スカラ座はやっぱりオペラ界に君臨する殿堂という感じがする。「道化師」と「カバレリア・ルスティカーナ」の2本立て。ともにニュープロダクションの初日で、RAI5(国営放送の新局)が生中継していたばかりでなく、アメリカでも映画館でライブ・ビューイングしていたし、順次映画館で上映するらしい。

 スカラ座の天井桟敷の客はすごかった。
 「道化師」では、主役のホセ・クーラ(とても熱演に思えたのですが、「衣装をつけろ」が受けていなかった)とクリスティーネ・オポライスに盛大なブーが投げかけられていた。シルヴィオ役と、トニオのアルベルト・マストロマリノは許されて好意的な拍手を受けていた。
 「カバ」ではサントッツァのマリアンヌ・コルネッティだけが大喝采を浴びて、トリドゥのサルバトーレ・リチートラはブーの嵐。指揮者のダニエル・ハーディングもブー。いちばんすごかったのは、恐らく演出に対してだと思うが、ブーとブラボーの応酬が長時間続いて、たいへんなことになっていた。
 スカラ座のブーは、カラヤン/フレーニの「ボエーム」をお蔵入りにさせたり、「アイーダ」の冒頭でアラーニャを怒らせて退場させたりと、それ自体が劇場文化の一部になっている。現在のブーイングは15〜20年前から、組織的に行われているらしい。首謀者の夫婦も特定されていて彼らはブログを運営し劇評を書いている。カーテンコールの時に出演者たちは、プーにへこたれずに満面の笑顔で、まるで力を合わせてプーに対抗するように手をつないで拍手に応えていたので、すごい違和感があった。

 「道化師」の演出は、時代は1950年代くらいか。自動車が舞台に何台も出てくるが、音がしないので中身は電気自動車だろう。シルヴィオもBMWに乗って登場し、カニオから逃げていくという具合。
 舞台の2/3を高架道路が占領していて、合唱はその上に100人くらいが乗る。舞台の両端の観客席に近いところまでいっぱいに使っていて、それどころか客席通路に降りてまで歌っている。ホセ・クーラは桟敷席の客と握手しながら歌っていたほどだ。舞台下手の桟敷席の客は合唱団で、どこまでが舞台でどこから観客席なのか分からないような立体的な感じにしていた。最後にシルヴィオがカニオに刺されるところは、2人とも舞台から降りてきて、指揮者の手前でやっている。

 「カバ」の演出はとてもおもしろくて、衣装は19世紀だが、装置は全くなし。イギリスあたりの芝居みたい。合唱団が一人ひとつずつ椅子を持って出てきて、12人×10人で矩形に座る。母親役も出てきて、最前列に座る。これらの人と椅子の形を変えて、復活祭の教会や居酒屋や、村の広場をつくる。舞台の奥行きを活かした斬新な演出だ。
 スカラ座は国からの補助(二十数パーセント)が削られて、かなり予算的に厳しくなっているらしいが、実に見事な舞台だった。プログラムはソフトカバーになって、15ユーロ。

 スカラ座を出てタクシーを拾い、駅前近くの川村さんの家の前に乗りつける。近所のホテルのバーで2時過ぎまでシチリアやプーリアのワインを楽しむ。
 川村さんにホテルまで送っていただく。

b.pnga.png