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1月17日 ローマ


 今日はまず、ポポロ広場に屯しているタクシーを拾い、バチカン美術館に向かう。サンピエトロ寺院も含めたガイドツアーを申し込んでおいた。ツアーにした理由は、待ち時間などを最大限短縮することができるからである。また私はこの美術館群に来るのは3回目なので、ガイドがどういう説明をするか聞いてみたいという興味もあった。
 集合場所は、バチカン美術館入り口前の階段といういい加減な待ち合わせである。
 9時半に行ってみると、40歳くらいの女性ガイドが声をかけてくる。「今日は他にニュージーランド人の予約が2人入っているだけなのであなたはとてもラッキーだ」といわれる。

IMG_6495.JPG 早速セキュリティーチェックを通って入場する。シーズンオフなので、さして普通の客も並んでいないようだ。
 まず最初に簡単なガイダンスとしてバチカンの成り立ちの説明があり、システィーナ礼拝堂の壁画、天井画についての説明があった。
 システィーナ礼拝堂は法王の礼拝堂であり、法王を選出する神聖な場所なので、静寂が必要であり、ガイドは入らない。だからここで説明しておくということなのだろう。

 ガイドは可不足なく、ツボを押さえた説明をしているように思う。ネタがネタだけに、細かく話し始めたらきりがないからだ。
IMG_6566.JPG まずはベルベデーレの中庭から、法王が収集したギリシャローマ彫刻やモザイクの傑作群を見る。動物の彫刻もたくさんあって面白い。これらの、ギリシャ彫刻や古代ローマ時代にそれを模刻したものが、ルネサンス以降復活して中世の迷妄の打破に大きな役割を果たしたのだろう。
 ラオコーンが好例で、発掘された時ミケランジェロはローマに滞在していて盛んにスケッチを行った。
 昔の法王領の数々の地図が壁面を飾っている長大な地図の廊下を通る。中世の船の画も興味深い。
 トルコに最終的にキリスト教勢力が勝ったウィーン包囲戦の誇らしげな壁画を見る。

IMG_6613.JPG ラファエロの間で、火事の画やアテネの学堂やアッティラと法皇の会見の画を望遠レンズに替えて撮影していたら、ガイドに「パパラッツォ」と言われてしまう。おかまいなく写真に撮り続ける。おそらくここもあと10年もすれば撮影禁止になってしまうだろう。

 その外、ゴッホが描いたピエタなど、有名画家が描いた宗教画も見る。以前来たときには、気がつかなかったものだ。
 一旦ここでガイドと別れる。ニュージーランド人の2人ともここでおさらばだ。
 トイレに行ってからシスティーナ礼拝堂に入り、天地創造や最後の審判と再会する。ここではキリストの衣は青色で、モーゼは黄色で描かれている。青色の材料はとても高価だったのだそうだ。

 キリスト教精神世界の純化された形がここにある。
 キリスト教は狂った宗教だ。「狂ってない宗教があるのか」と聞かれると困るけど、これに比べれば神道や仏教はモダレートだ。
IMG_6675.JPG キリスト教は、「お前らは全員悪いことをしたんだから必ず地獄に堕ちる。地獄に堕ちたくなければ神と神の代理人に従え」と強烈に信者の意識を縛っている。これは日本人にはとうてい理解できない感覚だ。教会は、その洗脳のための装置である。アリ地獄みたいなもんだから、万人に開かれているのは当然だ。
 以前ブログで、「キリスト教によって人は自立心を失い、文明の衰退を招いた」と書いたら、キリスト系宗教者らしき人が「そんなことはない」と反論のトラックバックをしてきたことがある。しかし、今回またイタリアに来て、やっぱりそうだよなあという思いを強くした。
 神を措定してしまうと、突き詰めていけば「自立」は要らなくなる。最終的に頼らないのであれば、神なるものが存在する理由はないわけで、カネをかけて教会を建てたり、ミサで貴重な時間をつぶす必要がなくなる。ましてや十字軍遠征で罪のない人を殺す必要もない。神と個人の精神の自立は、どう考えても並び立たないものだ。あつらは「神がいるから自立できる」とか、二千年間磨き込んできたご託を並べるんだろうが。
 まあ西洋人のDNAには、そういうまったく不条理な原罪意識が染みついている。それをルネサンス以後は無理矢理乗り越えてるんだから、たいしたもんだよなあとヘンに感心する。

 システィーナ礼拝堂内でうろうろしていると、ガイドがやってきて「もういいか」と聞くので、システィーナ礼拝堂を後にする。
 そこからサンピエトロ寺院に抜けるヌケ道がある。これでサンピエトロ寺院に行くための時間をかなり節約することができるし、初代サンピエトロ寺院の建築に使われた大理石の礎石や、サンピエトロ寺院の地下に眠る歴代法王の墓所を見ることができる。
 サンピエトロ寺院の地下からの出口で、観光客は足止めを食っている。どうやら法王がお出かけから帰ってきたところに出くわしたようだ。いちおうバチカンは主権国家なのだ。
 地上に出ると、現法王ベネディクト16世の3台の車列に出くわした。
ピクチャ 2.png

 そこから、サンピエトロ寺院の正面に回り込む。目の前にサンピエトロ広場の素晴らしいパースペクティブが広がる。
 ガイドと一緒にサンピエトロ寺院の内部に入って、制度内部のさまざまな彫刻についての説明を聞く。今回初めて分かったことは、黄色の大理石が彫刻に使われているが、これは極めて珍しくて高価だということ。あと異教徒やプロテスタントを折伏したことを誇らしげに彫刻にしていたり、要するにキリスト教徒としての自己満足を素材として内部装飾を行っているということである。
 パウロの石像も初めて教えてもらった。
 ミケランジェロのピエタも堪能した。このピエタは一度アメリカに出開帳したことがあるらしい。また近年、暴漢に壞されたことがあるらしく、それ以来ガラスに入れられて保護されるようになったそうだ。

IMG_6722.JPG あと驚いたのは、サンピエトロ寺院も身廊の途中から奥には行けなくなっていて、ベルニーニのバルダッキーノまで行くことができなくなっていた。
 前来たときには、色大理石の鳩がオリーブの葉っぱをくわえて飛んでいる後陣まで入ることができたのだから、えらい後退である。後陣の中にも椅子があって、必死で祈っていた女性の姿が思い出される。
 そもそもバルダッキーノの下にあるパウロの墓に参詣しなければバチカンに来た意味がないのではないだろうか。ひょっとするとこれは聖年にバチカンに来た者にしか許されなくなってしまっているのだろうか??
 まあ別に、私はキリスト教徒ではないので構わないといえばぜんぜん構わないが。
 最後に入り口近くで、大きく、いかにもお金がかかってそうで、サンタンジェロが翼を広げて「救い主が生まれた」と告げているPresepioを見る。
 そんなことで4時間のガイドツアーばおしまい。ガイドと写真を撮ってサンピエトロ寺院の正面で別れる。

IMG_6751.JPG サンピエトロ広場には、まだクリスマスツリーと巨大Presepioがあって人気を集めている。
 広場の前からタクシーに乗って、カンポ・デイ・フィオーリに移動する。ここで火あぶりになったジョルダーノ・ブルーノの石像の下に座って、パニーノを食べてビールを飲む。まいうー
 そこからちょっと歩いてファルネーゼ宮を見た後、地図を頼りに「ユリウス・カエサルが暗殺されたポンペイウス回廊の跡はこのあたりかな」とうろうろする。ポンペイウス回廊はかなり大きな建物だったので、回廊自体は「大体このあたり」と推察することができる。
IMG_6781.JPGアレア・サクラ。前世紀に発掘された共和制時代の4つの神殿の向こう側あたりがポンペイウス回廊。
 ジェズ教会を横に抜けて、カンピドリオ広場へ。美術館に入ると面白いのだが、この辺の見物も全部省略である。
 とにかくローマは見るべきものが多すぎて、さまざまなところを無情にシカトしないと、目的地に到底たどり着けない。
 広場の中心にある。マルクス・アウレリウス・アントニウス騎馬像のレプリカを横目で見て、やっとの思いでフォロ・ロマーノに着いたのだが、市役所の側からは入れなくなっている。入口が限定されているようだ。皇帝たちのフォロの側の入り口に行ってみると、なんと閉園の時間で、観光客が入場を断られている。
 ガイドブックを見てみると、閉園時間は「日没の1時間前」というかなりいい加減な設定になっていて、どうやら今がその時間らしい。「フォロ・ロマーノからコロッセオをなんとか今日中に見たい」と思ったのだが、入ることができない。
 そもそも、フォロ・ロマーノが有料になったということ自体が驚きである。フォロ・ロマーノもコロッセオも昔は入場無料だったのだが。

 仕方がないので、コンスタンチヌス凱旋門の前まで歩いて、そこから二階建ての観光バスに乗って、バスからローマ市内を見ながら、サンピエトロ広場、ポポロ広場と回ってアウグストゥス廟前でバスを降り、Sさんに教えてもらったリペッタ通りのワイン屋でワインを購入後、ホテルに戻ってくる。
 ホテルで着替えて、Sさんに教えてもらったスペイン広場前のステーキ屋に行って、飽きずに分厚いステーキを食べる。帰りに夜のスペイン階段を登ってみる。昼間と違ってDQNがいなくて結構だ。
IMG_6902.JPGスペイン広場、ベルニーニの噴水。わたしがいちばん好きな噴水だ。

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