HOME > 運営者人事考課 > 2011年ヨーロッパ旅行 > 2011年ヨーロッパ旅行 1月14

1月14日 ベネチア

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 今日はベネチアだ。水上バス(ヴァポレット)の1日券を買って、駅前から乗り込み、大運河を眺める。
 大運河の中ほどにあるリアルト橋の停留所が終点らしく降ろされてされてしまったので、リアルト橋周辺の昔の商業地区を散策する。「この辺が昔の街の中心」という案内板が出ている。
 サン・ジャコモ・リアルト教会というとても小さな教会があって、その前が小さな広場になっているが、その広場を囲むポルティコに机を出していた連中こそが、世界初の為替を扱う銀行なのである。運河の岸で東地中海全域にまたがる物産の取引をした商人たちはここにやってきて、帳簿の上で金銭のやり取りを完結することができた。
IMG_5983.JPGこの辺が銀行発祥の地。
 中世、近世を一貫してベネチア共和国はイタリア最大の経済大国であったが、まさにその経済の中心地はここであった。国家は取り引きの1%を税金として徴収し、ばく大な財力を誇った。

 さらに水上バスに乗ってサンマルコ広場へ。ドゥカーレ宮をやり過ごして、まず海事博物館に向かう。
IMG_6009.JPG展示にまったく工夫とかやる気が感じられない博物館だ。 この博物館は、ベネチア共和国の繁栄の礎となった地中海貿易を支えた、ベネチア共和国の帆船やガレー船、国営造船所アルセナーレの絵図、東地中海全域に築かれたベネチアの砦や支配都市の模型の数々、当時の武器などの展示を見ることができるので、とても重要かつ便利な施設である。
 またそれと同時に、実際のところどれほど活躍したのかよくわからない、国家統一以後のイタリア海軍の装備や、軍艦の模型、軍人の服装などのあまり値打ちのなさそうな展示品も誇らしげに飾ってあるので、あまり見たくはないが見ることはできるが、何がありがたいのかさっぱりわからない。展示の順序も並べ方も滅茶苦茶で、ただ羅列してあるだけの博物館とはいえないような代物である。もう少しなんとかならないものか。

IMG_6022.JPGベネチアの三角帆の帆船の大きな模型。 現在のベネチアの町並は17世紀前半に完成したもので、それを見物するために世界中からの観光客を集めているのであるから、重要なのはいかにしてベネチア共和国が東地中海を支配することができたのか、それを実感させてくれる展示だと思う。
 日本人の感覚からすれば、何でもかんでも復元してしまうのが最近の流行りだから、私が一番やるべきだと思うのは、14世紀ごろのベネチア最盛期のガレー船を1隻復元して、サンマルコ広場の前に係留することだと思う。どこかのカネが余っている企業が金を出して作れば、ものすごい宣伝効果があるはずだ。なぜみんなこれをやらないのか不思議でしょうがない。

 ベネチア貿易船復元計画へ

IMG_6020.JPGトリレンミ=三本櫂のガレー船

 海事博物館を後にして、すぐそばにある国営造船所アルセナーレの立派な入口を見に行く。現在はイタリア海軍が使用している施設なので、中を見ることはできない。
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 しかし,数百年前にできたような施設を今日の海軍が使っているなどナンセンスもいいところだ。観光施設として開放し、ここに復元したガレー船や帆船を置くがよかろう。

 ブツブツ言いながら、迷路のような路地を通ってサンマルコ広場に戻ってくる。
 ドゥカーレ宮に行く前に、「世界最古の喫茶店」とベネチア人が勝手に言っているカフェ・フローリアンに行ってカプチーノを飲む。
 しばらく足を伸ばしてから、ドゥカーレ宮に入る。ベネチア共和国の政治外交の中心地であったここでは、ベネチア人がいかに外部からの干渉を廃し、多数決の弊害も排して、正しい政治的判断を行うために努力したか、そのためにどのような政治機構をつくったかについて学ぶことができる。
IMG_6066.JPG巨人の階段。ネプチューンとマルス。 彼らは徹頭徹尾、商人であった。利益を継続的に得るために、あらゆる努力を惜しまなかった。ベネチア共和国のすべての制度は、そのために設計され運用された。
 それが、14世紀以来身分制度を固定して1000人以上の貴族全員が参集することができた大評議会の間や、スピーディーに重要な決定を下すための十人委員会の間といった形で現代に伝えられている。またヴェロネーゼやティントレント、ティツィアーノといったベネチア派絵画の巨匠たちが、キリスト教とギリシャ神話を織り交ぜながら描いた豪華きわまりない装飾にも反映されていると思う。

IMG_6061.JPGサンマルコの市市は、福音書とともに描かれる。 この建物に入る人はまず黄金階段の装飾の豪華さに目を奪われるが、ここでは元首の就任式が行われ,終身職である元首は共和国に対する絶対的な忠誠を誓った。共和国に背いた元首はここで首をはねられた。フランス人をだましてコンスタンチノープルを占領しばく大な利益を得た第4回十字軍の巨大な壁画が描かれた大評議会の間の上部は、歴代の元首の肖像画が飾っているが、共和国に背いた元首のところだけは黒いカーテンが描かれていて、共和国の裏切り者と記されている。こういうのはチェックしておきたい。
 ベネチア共和国は、共和国全体の利益を守ろうとする、中世イタリアにおいては特異な文化をはぐくむことに成功し、他の海洋国家が没落していく中で千年の栄華を保つことができた。
 その知恵が、このドゥカーレ宮には結晶しているのである。

 その隣のサンマルコ寺院に入る。
 この教会は元首の個人礼拝堂ということになっていたので、法王庁の支配から自由であり続けることができた。そしてベネチア人たちは、この教会の内部を他では見られないほど金をかけて装飾した。
しかし今日は、豪華なガラスモザイクで埋め尽くされた内部も、天候が曇っているので暗くてよく判別することができないのが残念だ。この教会も、だんだん自由に見ることができる範囲が限定されてきているようだ。
 お金を払って祭壇の裏にある黄金で作られたついたて「パラ・ドーロ」を見る。あまりにもわかりやすい黄金と、宝石がちりばめてキリストや弟子の姿を浮き彫りしている、いかにもベネツィアらしいこてこての装飾品である。どうやら芸術的価値もあるものらしい。
 館内1階にある、祭器具を展示した宝物館を見て、2階に上がり サンマルコ博物館を見る。やはりここの目玉は、4頭のサンマルコの馬のオリジナルである。電話機のような機械にお金を入れて英語の説明を聞いてみるが、やはりこのサンマルコの馬の由来については、紀元2世紀くらいにローマで作られたといった程度のことしか分からなかった。
IMG_6072.JPG              サンマルコの馬はナポレオンの戦利移送品の筆頭だった。
 2階のテラスに出てサンマルコ広場やサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の景色を眺める。
IMG_6078.JPG大型スクリーンに何を映していたのか興味あるけど・・・

 サンマルコ寺院を出て広場を横切り、路地を歩いてフェニーチェ歌劇場を見、水上バスに乗って大運河を通ってホテルに戻ってくる。すでに日はとっぷり暮れている。
 ホテルで着替えて、リストランテで食事をする。

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