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1月13日 ヴェローナ


 ホテルで朝飯を食って、駅前から街の中心に行くバスに乗ろうと思ってバス停でバスを待つが、なかなか昨晩乗った番号のバスが来ない。おっかしいなーと思っていろいろ表示を見てみると、どうやら日中と夜とでは同じ路線でもバスの番号を変えているようだ。なぜそんなことをしているのか全く理解できない。寒い思いをして損をした。
さっそくバスに乗ってアリーナに向かう。この古代ローマの競技場は観客席がほぼ完ぺきに残っている。すごいことだ。競技場の部分は砂が敷いてあって、カップルの観光客が一生懸命落書きをしている。
IMG_5689.JPG落書き犯発見。 観客席の大理石には所々、この町の近くでとれるピンク色の大理石が使われていて特徴的だ。
 人がいないのをよいことに、野外オペラで舞台が置かれるであろう位置からさんざん大声を出して残響を楽しむ。
 この日は、午前中にヴェローナを見て、午後はパドヴァに行こうと思っていたのだが、この時点で断念して一日ヴェローナ観光に充てることにする。

 アリーナから出て街を歩いていくが、まだ通りはクリスマスの飾りが残っていて、クリスマス気分である。
IMG_5735.JPG まず、勝手にジュリエットの家とされているカッペレッティの館に行ってみる。ロメオとジュリエットは、この町が舞台である。実際にあったモンテッキ家は皇帝派だったらしい。カッペレッティ家が法王派だったのかは分からない。しかし、当時のイタリア北部の都市国家では有力家系はすべて神聖ローマ皇帝派(ギベリン)とローマ法王派(ゲルフ)の2派に分かれて不毛な戦いをしていた。例外はベネチア共和国のみである。そういう背景を巧みに取り入れて、イタリアに一度も来たことのないシェイクスピアは傑作を創出した。

IMG_5751.JPG シェイクスピアは、外人の海軍指揮官など雇うはずもないベネチア共和国がムーア人のオセロを将軍にしたり、マキャベリをやたら悪者にしたりと勝手放題をした人だが、彼に題材を提供するほど中世からこの国は優れた文化を持っており、それはヨーロッパ中に知られていたということなのだろう。
 とまれジュリエットの家の中庭には、ジュリエットの像が置かれており、バルコニーがあり、中庭にある植栽には恋愛成就を願う善男善女の願い文が巻き付けられていて、まるで神社のおみくじの木である。
 この家の中を見物して、中世の有力者の生活ぶりを拝見する。家の内部は整備されて、かなり上まで上がっていけるようになっている。ゼッフェレルリの「ロメオとジュリエット」の映画で使用された衣装や寝台も展示されていた。面白い。

エルベ広場もまたにぎやかな広場である。観光客も多い。非常に美しい市役所の中庭を見る。ベネチア共和国のサンマルコの獅子の像が壁に埋め込まれているし、ベランダから掲げられて誇らしげにはためいている。この街は16世紀にはベネチア領になっていった。
IMG_5773.JPG         きれいな階段があるんだけど、車が・・・
 シニョーリ広場広場の中心には、法王派との政争に敗れてフィレンツェを追われ、皇帝派のこの街に逃れたダンテの石像がある。この辺は昔のヴェローナの政治の中心であるが、また発掘されたローマの遺跡を見ることができる。
 それから中世この町を支配していたスカラ家のゴシック様式の墓所と、それに隣接するロマネスクの小さな教会を見る。なんでもミラノのスカラ座の名は、このスカラ家からミラノのビスコンティ家に嫁した人にちなんで名づけられた教会の跡地にできたことに由来するらしい。

 それからアディジェ川に出て、寒々とした川面の流れを眺める。
 そこからほど近いサンタナスターシア教会に行く。教会はすべて入場料をとるようだが、昨日買ったヴェローナカードを見せれば、係員が裏面にボールペンでチェックして無料で入れてくれる。
IMG_5800.JPGサンタナスターシア教会 この教会は、床面の大理石模様が美しい。入口近くにある2つのせむし男の彫像と、奥の礼拝堂上部にある、ピサネッロが書いた竜退治に行く騎士を送り出すフレスコ画 「ドラゴン退治に出かけるサン・ジョルジョ」 だ。後者の方は大型テレビでていねいな解説画像を流していた。
 この教会を出て、東に向かってまたしばらく歩くと、また発掘された古代ローマの遺跡に出会った。その横にIMG_5809.JPGレオーニ門は1世紀の市門の遺跡。という、当時(1世紀)の市門の一部が残っていて、どうやら後世の人はローマ時代の遺構を壁面に利用して建物を建てているらしい。

 そこからほど近い、橋のたもとにあるサン・フェルモ・マッジョーレ教会に行く。この教会は2階建てになっていて、1階はロマネスク様式、2階内部はゴシック+一部バロックである。右手奥から1階に降りるらしいのだが、閉まっていて見られなかった。天井が木造の舟形になっていて特徴的だ。ロマネスクの時代からどんどん建て増しされて現在の形になったらしい。
 ここの目玉は、ピサネッロが初めて描いた受胎告知らしいが、どこにあるのかさっぱりわからない。さんざん探して、入口のすぐ上にあるのを発見した。こんなのわからないよ。
IMG_5828.JPG暗くてよく見えないんですけど・・・

 教会の前からバスに乗って、アリーナまで戻り、ジェラートをなめながら歩いてカステル・ヴェッキオへ。中世のスカラ家の居城である。この城も空堀だ。空堀に小さな跳ね橋が架けられている。イタリアは、なぜか空堀の城が多い。実に中世らしい城で、内部は美術館として利用されている。ちょっと覗いてみる。
IMG_5866.JPGスカリジェロ橋 カステル・ヴェッキオを出て、隣接しているスカリジェロ橋を半分わたる。この橋は、欄干がギベリン狭間になっていて、「うちは皇帝派だよ」と橋自体が主張しているような感じがする。まさにギベリン橋である。
 これを渡り切ってしまうと目的地に着けないので、取って返してまたとぼとぼと歩いてサン・ベルナルディーノ教会に行くが、3時まで閉まっているらしい。イタリアでは昔はどこでもそうで、教会は午前中しか見ることができなかったものだ。仕方ないのでバスに乗って近くのサン・ゼーノ・マッジョーレ教会に行く。

 この教会は、様式の違ういくつかの建物によって構成されているようだ。最も有名なのは、教会正面の銅製の扉なのだが、これがまた修理中で取り外されていて見ることができない。また聖堂内部も盛大に修理中である。
 左手にある修道院の中庭から聖堂内に入る。内部はロマネスクで、かなり古い十字軍騎士のフレスコ画が残されている。サン・ゼーノという黒人の聖人に献堂された教会であり、奥にこの聖人の像がある。
 ここの目玉は、後陣に鎮座しているマンテーニャの「聖母子と諸聖人」である。上部の3枚はオリジナルだが、下の3枚はナポレオンが一度フランスに持って行ってから、帰ってきていないのでオリジナルではない。
IMG_5888.JPG       マンテーニャ「聖母子と諸聖人」
 それから面白いのは、この教会は内陣が二層になっていて、下にある墓所が教会内部から見られることである。おそらく中心にあるのが、サン・ゼーノの墓であり、またその周囲にこの教会で活躍した宗教者たちの墓があるのだろう。とてもユニークな構造だ。
IMG_5901.JPG ロマネスクの時代もいろいろ創意工夫していたんだなあ。
 修道院の中庭では、庭全体を使ってキリストの生誕場面を表すPresepioが作られていた。最初は「羊の置物が置いてあるな」くらいに思ったのだが、羊や羊飼いは庭の一点を目指していて、そこに生まれたばかりの幼子イエスを抱いたマリアがいる馬小屋があるという趣向である。これも面白い。
 バスに乗って、またサン・ベルナルディーノ教会に戻ってくる。3時になったら聖堂の扉を開けてくれる。この教会は非常に簡素で、ロマネスクか初期ゴシックだろう。しかし非常に落ち着いた、美しい教会である。庭もいい。
IMG_5926.JPGサン・ベルナルディーノ教会

 そんなことでヴェローナ観光は終了である。ホテルに戻って、トランクを転がして、駅でパドヴァ行きのチケットを買う。14.5ユーロ。
 5時、1時間でパドヴァに着く。ここからベネチアのマルコポーロ空港行きのバスに乗ろうと思うのだが、バス停がどこにあるのかさっぱり分からない。交番に行って教えてもらう。駅を降りて左側に進むと、駅前のバス停のさらに向こう側に新しいバスステーションがあって、そこにあるプレハブでチケットを売っている。4ユーロと安い。
 乗ってみると、高速道路を通って真っすぐ空港に行くわけではなく、路線バスとしていろいろ寄り道し、海の中の道を通りいったんベネチアのローマ広場に立ち寄り、その後空港に向かうので、かれこれ1時間近くかかったのではないだろうか。
 6時半すぎ、やっとマルコポーロ空港に到着。ローマから国内線に乗り換えてやってきた友人と落ち合う。
 バスに乗ってベネチアへ。駅前のホテルにチェックインした後、近くのトラットリアで食事。

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