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1月10日 ウィーン


 朝7時前に、教会の巨大な鐘の音で起こされる。
 何とホテルの隣が、西駅に面したビンセンチアン教会(Lazaristenkirche)という大きな教会だった。こりゃたまらん。朝食を食べてから、防寒武装をして、早速このネオゴシックの教会を見に行ってみる。
 西駅から地下鉄に乗って、シェーンブルン宮殿に向かう。3日分の市内交通のチケットは、ホテルの人がチェックインの時にくれた。とても便利だ。

IMG_5060.JPGなんだか正面の木を切っていた。
 ウィーンは大概のところはもう見ているので、どこといって行くところもないのだが、ホテルから近いという理由だけで17年振りにこのハプスブルク家の夏の離宮を訪れる。
 前来たときは英語のガイドツアーだったのだが、今回は日本語のイヤホンガイドを借りる。2階の部屋部屋を回って、ハプスブルグ家の生活ぶりを垣間見ることができる。かなり面白い。
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 宮殿内を見てから、外にある馬車の博物館に行ってみる。王家が使っていた普通の馬車から、子供用の馬車、そり.麗々しい行事用の馬車、乗馬を好んだエリザベート王妃関連の展示物などを見る。
 馬車というのは、当時はおそらく今の自動車産業のような重要産業であり、そこでは独自の文化が発達していたことがわかる。つまり自動車文化があるように、当時は馬車文化があったのだろう。地味にかっこいい展示である。おそらくこの建物自体も、元々は厩舎か馬車の格納に使われていたものなのだろう。


IMG_5090.JPGエリザベート愛用の鞍
 そこから宮殿の広大な庭園に行ってみるが、まず足元が凍っている。庭木は葉っぱが落ちていて何の興趣もない。庭園を飾る彫像にはシートをかぶせられている。というわけで、冬の庭園というのはとてもつまらない。
 しかし前回来たときは、庭園のはるか先の方に見えるグロリエッタに上らなかったので、今回は行ってみようと考えた。観光客は、寒そうに震えながら凍った庭園の写真を撮っている。ゆりかもめがたくさんいて、おのがじしエサをついばんでいる。

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 なんとも大仰な趣味のネプチューンの噴水まで庭園をまっすぐ進んで右側に回り込み、動物園の横を上っていく。この動物園にはどうやらパンダがやってきたようだ。ここにも中国の手が伸びているか。宮殿から見ていたのでは分からないが、たいした登山である。白い息を吐きながら山頂に登っていくと、グロリエッタの思いの外大きな建物に到達した。内部はカフェになっている。
 ここからウィーン市街を眺めると、シュテファン大聖堂のゴシックの尖塔が見える。

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 凍った道を降りてきて、地下鉄に乗り、カールスプラーツへ行く。そこでおなじみの市内電車に乗り替えてオペラ座の前に行き、さらに乗り替えてベルヴェデーレ宮殿に行く。久しぶりにクリムトの「接吻」でも見てみようかと。
 このあたりは大使館地区らしい。ウィーンは国連があるから外交的には重要な土地だろう。医者とかも開業している。
 ベルヴェデーレ宮殿はトルコに対する最終勝利であるウィーン包囲戦(1683年)で勝った武将オイゲン公が、シェーンブルン宮殿をしのぐ建築を建てようとの意気込みで作った見事なバロック建築である。庭園も非常に美しい。
IMG_5233.JPGベルヴェデーレ宮殿庭園
 美術館では、マーラー生誕150年ということで、マックス・オッペンハイマーという画家が描いたマーラーの絵の展示をやっていた。「コンサート」というタイトルの表現主義的な巨大な絵で、オーケストラを指揮するマーラーの姿に、彼の音楽のこけおどし的な俗っぽさを重ねて思わず微笑んでしまう。そういう色遣いなのだが、でも何か好ましいものを感じさせる。BGMには第4交響曲が流れていて、いかにもという選曲。
 ほかにオッペンハイマーが描いたシェーンベルグの肖像画や、彼の画風をまねて書いたエゴン・シーレの肖像もある。
 「接吻」の前に立つ。この画に描き込まれている細かな四角の装飾は男性を、丸い装飾は女性を象徴しているらしい。2つの異なるものの融合と調和の喜びを表現しているものと解釈できる。クリムトの得意な表現である。非常に様式化された表現で、遠近法を無視しているのは、ラヴェンナのモザイク画の影響なのだそうだ。
IMG_5230.JPG エゴン・シーレの作品も若干、この美術館に残っている。彼は、「すべての者は動き回っている死者にすぎない」と思っていたそうで、それがあの暗い画風の根拠なのだろう。それと風景画もたくさん描いているが、その風景の中に感情を織り込んでいるところが面白い。
 美術館を出て、地図を持っていないのでなんとなく勘を頼りに市電と地下鉄を乗り継いでフォルクスシアター経由でいったんホテルに戻る。

 着替えて、オペラ座に出かける。
 今の時期、ウィーンの皆さんは妙にドレスアップしてオペラに来ている。どうやら市内のあちこちで、やたら舞踏会が開かれているようだ。ボールカレンダーというのに、今日はどこで舞踏会が開かれていると詳細に書いてある。
 国立オペラはクロークが無料になっていた。煩わしくなくてよい。その分、プログラムが3.5ユーロと定額になっていた。

 ウィーン国立歌劇場 「トスカ」 この井上さんとジュリアードで同級という指揮者のケリー・リン・ウィルソン=なんとMET総支配人ピーター・ゲルブの奥さんの指揮はとてもていねいで、わかりやすくてやさしい。
 で、カラバドッシはお年のニール・シコフがご都合が悪かったらしく、代役はマリアン・タラバというウクライナ人。この人が、「妙なる調和」でまったく声が出ていなくて、指揮者はアリアが終わった後に、「拍手かな」と思って一瞬、間を置いたのですが、誰も拍手を送りたいとは思わない。1幕は変な間を置いて続いた。
 舞台装置はオーソドックスで、1幕のデラ・ファッレ教会は、バロックの魂を抜いて形だけ模倣したらこうなるだろうという気の抜けた舞台で、上手に礼拝堂、下手に祭壇を配しているが、おそらく予算の都合上もあるのだと思うが、礼拝堂でカヴァラドッシが描いているマリア像が観客に見えないようにしているのは、この舞台でいちばん評価できることだった。
 トスカのキャスリン・ネーグルスタッドはよかった。スカルピアは、開幕前にスタッフが出てきてドイツ語で何か言っていたので、「本調子じゃないけど歌います」ということだったのかな。

IMG_5213.JPG 第2幕は、トスカの衣装の豪華さに目を奪われる。でも歌手としてファルネーゼ宮に歌いに来てるのだから、衣装が豪華でも違和感なし。  問題はカヴァラドッシで、マレンゴのナポレオンの勝報の後の「ビットーリア」もへろへろで、とてもかなしかった。これ、イタリアでやったら石投げられるだろう。この人、カラバドッシを過去にもやってるみたいだが、準備不足だったんだろう。
 この舞台を救ったのが、トスカの「愛に生き歌に生き」で、重い雰囲気を吹き飛ばして、観客からことさら長い拍手を浴びていました。 

 第3幕が開幕すると、舞台中央に巨大な聖天使の像が立っている。実物に近い大きさではないかと。この舞台の美術費のほとんどはこの像のために使われたものと推察できるが、哀しいことにこの像にはまったく劇的効果がなくタダのムダになっている。
 で、やさしい観客の揃っているウィーンで「星は光りぬ」でぜんぜん拍手がないというのは、かなり希なことなのではないだろうか。カラバドッシ本人も、この後の処刑隊の銃に、実際に弾を込めてもらって殺してほしいと思っていたことだろう。
 キャスリン・ネーグルスタッドに演技力があったから、救われた舞台だった。カーテンコールも、カヴァラドッシは一人で出てきてすぐ引っ込んだが痛々しかった。ブーがないのが救いか。
 ケリー・リン・ウィルソンの指揮は、トスカから扇情性を取ってドラマ性が削がれてしまっていると思う。悪口で申し訳ないが、こっちはカネを払っている。

 11時、オペラ座を出てシュテファン聖堂の方に歩き、ツム・フィグルミュラー、ベッカーシュトラーセという店でウインナシュニッツェルとピルスナービールをがぶ飲みする。この店では、まだ宣伝用マッチを配っている。この国はおそらく、タバコ条約に署名していないのだろう。あと、イタリアもそうだが、電車の中で携帯をかけている人が多い。禁止されていないのである。
 12時半、西駅まで帰ってくるが、飲み足りないので近くのバーで一杯やってからホテルに帰ってくる。

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