3月22日 ベルリン2



 ここからまたバスに乗って、ユダヤ人博物館に向かう。この博物館は、斬新な建築物として非常に有名なものだ。建築自体に、ユダヤ人が受けた迫害の歴史を封じ込めたものとして、単なる建築以上の意味を持たせることに成功している。ベルリンに来た時には、1度訪ねてみる価値がある建築ということができるだろう。
 博物館の地下は、3つの通路が交差する空間となっている。脱出の軸、ホロコーストの軸、持続の軸である。通路は平衡感覚を失わせるように作られており、通路の両側のウインドーに展示物が並んでいる。

ユダヤ博物館ユダヤ博物館 ホロコーストタワーという空間はすごい空間演出だ。頭の上から光が一筋射している。希望はその1点にしか見いだせない何も聞こえない暗黒の空間である。出口への道は持続の軸から、かなり長い階段を上って光のあふれる地上へのぼる仕掛けになっている。
 ドイツのユダヤ人の歴史は、ローマ以来2000年になるという。本当か? 15世紀にはユダヤ人は迫害されていた。都市へのアクセスを禁止され、兵士の付き添いがなければ都市の中に入れなかった。18世紀になって啓蒙思想が人々の意識を変え、メンデルスゾーンというユダヤ人哲学者のサロンには、キリスト教徒も出入りしたという。その孫が作曲家のメンデルスゾーンである。1867年には、北ドイツのユダヤ人は法的な平等を獲得した。1871年にドイツが建国され市民権も認められたが、不況になると迫害が繰り返された。

 博物館の中はこれでもかというくらい、ベルリンで活躍したユダヤ人の写真と業績の展示が続く。ワイマール体制が崩壊して不況になり、ナチスが台頭して、1933年から1944年までに、ドイツから国外に逃げたユダヤ人の数は27万人。最低600万人のユダヤ人が殺されたらしい。4000人は自殺し、9000人は収容所で生き残った。1万5000人がドイツ人との結婚で生き残り、1000人が地下に潜って生き残った。そういうお勉強がこの博物館ではできる。

 最後に、MEMORY VOIDというインスタレーションがある。これが恐らくこの博物館で最大の空間なのだが、直径10センチくらいの平べったい鉄の円形の物体が敷き詰められた床を歩くだけものだ。ところがこの鉄の円形には目と鼻と口がついている。それが無数に敷きつめられ、歩くごとに金属製の音がこの空間にこだまするのだ。これは心理的になかなか耐え難いものがある。ユダヤ人博物館は、人間の歴史や民族に対する思いが作らせた端倪すべからざる建築といえる。見るべき価値がある。

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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。