3月21日 ミラノ経由ベルリン着


 ホテルをチェックアウト。バスで駅へ。昨晩は夜遅くまで人出があったのに、日曜の朝は人もまばらである。バス停では緑色の帽子をかぶったおばあさんがしきりに身ぶり手ぶりで話しかけてくる。なにを言ってるのかさっぱりわからないが、こちらも適当に合わせておく。
ピレリビルピレリビル 8時52分発のTRERIGLIO行きという、滅茶苦茶ローカル線に乗りこむ。単線なので遅延したらアウトなのだが、無事10時に終点につく。そこで10時15分発のミラノ中央駅行きインターシティーに乗り継ぐ。

ミラノ、この町は嫌いだ。テロは怖いし、この駅にもうんざりなので、超速攻で空港行きのバスに乗り込む。駅前はすごい人混みだ。何のために集まっているのだろう。こんなところで爆弾テロがあったら、大変な被害だろう。男性だけでなく女性もいる。ただおしゃべりしてるだけである。まったく理解できない。
 軽飛行機が突っ込んだ駅前のピレリビルはきれいに修復されているなと思ったが、裏側の方はまだ修復中だった。

 街の中は渋滞していてなかなかバスが進まない。テロに抗議をする大規模な自転車デモに行く手を遮られているのである。「PACE」の旗をさした100台以上の自転車がミラノの街を走りぬけていく。

ミラノでの反戦自転車デモミラノでの反戦自転車デモ 12時30分に空港に着き、ピザを頼んでビールを飲む。
 ベルリン行きの小型ジェット機に乗り込む。今日は曇りで雲が低く垂れこめているが、巍々たるアルプスの山々は、その雲から頂を突き出している。靉靆たる雲中にあって、角張った山容が自らの存在を主張している。雲が峡谷を埋めている。イタリアと他のヨーロッパの国々を隔てる山脈は幾重にも重なって続いている。これを象で越えるなど、思いもよらない難所である。
 気流が不安定なのと、イタリアの悪ガキどもが機内で騒いでいるので、うんざりだ。

 ベルリンのテーゲル空港に到着。ベルリンに来るのは2回目である。
 荷物を持って出ようとすると、警備員にパスポート提示を求められ、旅の目的だの何だの尋ねられる。EU域内の旅で誰何されるなど、911以降は面倒なことになったものである。私の後に並んでいた東洋人が、英語が分からないようなので通訳してくれと警備員から頼まれるが、彼女は中国人。その事実にしばらく気がつかず、一生懸命日本語で話しかけていた。アホだ。パスポートも赤くて日本のものに似ている。

 バス乗り場で日本からネットで予約したホテルの通りの名前「ラートハウス」を行き先に書いたバスを見つけて、喜んで乗り込む。市役所通りというくらいだから、有名な赤い市役所の横の通りのはずである。
 市役所に着いて、トランクをゴロゴロところがして探すが、ホテルがさっぱり見つからない。おかしい、ここで合っているはずなのに。今日をオペラを見に行こうという腹なので、焦りまくって探すのだが、埒があかない。
 どうにも仕方がないので、アレキサンダー広場の観光案内に行って尋ねると、過去にも私と同じように困って訊ねてきた旅行者がいるらしい。「ここから地下鉄で6つ目の駅にある別の通りの名前だ」と教えてくれる。要するに、同じ「市役所通り」という名前の通りがベルリン市内に2つあるということなのだ。何なんだ一体。タクシーでホテルに向かい、チェックインする。

b.pnga.png

これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。