17日 フェラーラ



 8時20分、ホテルで飯を食べて、歩いてアカデミア美術館に行く。昨日の混雑がうそのように、予約なしですっと入ることができた。ミケランジェロの5つの彫りかけの彫刻を見る。石から抜け出そうとするエネルギーが感じられて、面白い。このひとつのピエタはミケランジェロの遺作となったものだ。

 お目当てのダビデ像にたどり着くと、修理中でこれまた足場が組んである。半分は見られないのに、同じ料金を取るというのは納得いかない。十数年ぶりにこの見事な立像と向き合う。この像は、1500年-1504年にかけて彫られたもので、カラーラの大理石。重さは9トン。古代ローマ時代には、この程度の石像は作られており、ナポリの国立考古学博物館などで見ることができるが、この時代にはこれだけの巨像をつくることはできなかった。そこに挑んだのがミケランジェロであるということだ。
 コンピューターグラフィックスによる3D映像で、ダビデ像の細部について説明している表示が非常に興味深かった。トラックボールを転がして、自分が望む角度からダビデ像を眺めることができる。
 このダビデ像はフィレンツェの民主制の象徴でもある。またルネサンスの集大成であり、次の時代への幕開けを告げるものだった。世界は複雑であり、ルネサンスが目指したような均衡と対称美の世界に一直線に進むわけではない。ゆり戻しと自然な拡散がある。それがマニエリスムだろう。宗教改革の影響による引き締めを経て、自然主義の世界に向かうことになる。
 この美術館には他に、ボッティチェッリの聖母子像が2点ある。

エステンセ城エステンセ城 9時15分、ホテルに帰ってきてチェックアウト。9時35分、インターシティに乗り込む。電車の中で『ルネサンスの女たち』を読んでいて、あまりに面白いので夢中になって読んでいるうちに、目的地のフェラーラを乗り過ごしてしまう。
 パドヴァで飛び降りる。さすがに「時刻表が必要だ」と思って、分厚い国鉄の時刻表を買う。
 この町には見たいモノがないので、13時19分の各駅停車でフェラーラに戻る。各駅停車とはいえ、ピカピカの2階建ての新しい車両で驚いた。インターシティよりもいいかもしれない。しかし2等車の座席は狭くて固いし、車体も社内の案内もデザインが先行していて、実用的ではない。さすがイタリアだ。
 列車は郊外の田園風景の中をのんびり走る。

 フェラーラに着くが、やっぱりコインロッカーがない。駅で尋ねると、エステンセ城で預かってくれるので、そこまでトランクを持って行けと言われる。
 仕方がないので、タクシーにトランクを乗せてエステンセ城へ行く。この城こそ、エステ家の館であり、イザベッラ・デステ(1474-1539)の生まれたところである。

 この城はイタリアでは珍しい、堀が巡らしてある城らしい城である。城の内部はま新しく整備されていて、建材の匂いもあたらしい。ルネサンス建築の資料が山ほどある。またフェラーラ派の絵画が展示してある。

b.pnga.png

これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。