3月16日 フィレンツェ2



 いったんホテルに帰って、カメラのバッテリーをチャージする。
 午後1時、予約時間の10分前にウフィッツィ美術館へ。入り口の反対側の切符売り場で、予約しておいたチケットを受け取る。荷物を預けて、日本語のイヤホンガイドを借りて3階へ。展示はルネサンスの幕開けを告げる後期ゴシックの祭壇画から始まる。時系列的に画を眺めることによって、ルネサンスがどのように起こり、また展開していったのかを見ることができる。
 ギリシャローマの豊饒な表現を捨ててしまっていたさルネサンス以前のイコンのような表現の乏しい人物画に、徐々に表情の自然さが現れ、聖母の胸がふくらみ、自然や対象物への興味が描き込まれるようになってくる。
 初期ルネサンス様式では焦点をいくつか使った遠近法が発見され、科学的に視覚空間が表現されるようになる。そしてさらに、肖像画においても人物の特徴を美化せずに、すべてさらけ出すようになってくる。また宗教的な絵の中に、世俗の祭りも一緒に描き込まれるようになってくる。宗教の支配から精神的に脱皮していることが読み取れる。
 ボッティチェッリは新プラトン主義の影響を受けた主題を扱い、実に上品な世界を表現することに成功している。レオナルド・ダ・ヴィンチの三賢王は神の栄光よりも不可思議を表現しているものなのだそうだ。ヴェロッキオの「キリストの洗礼」の天使の自然な頬の膨らみや、受胎告知に描かれたマリアの優美な服装などに、ルネサンスが生まれ成熟していくプロセスを見ることができる。
 アンドレア・デルサルトはマニエリスムの展開である。ベネト派、エミリア派、フェラーラ派と流れは広がっていく。こうした絵画は、この旅でこの後見ることになるだろう。
ヴァザーリの回廊ヴァザーリの回廊 さらにしばらくすると、絵画は家族や、趣味、日常のありふれた場面を主題とするようになり、ついには風景画を描くように広がっていく。ルネサンスがなければ、人類はこれらの表現を手にすることはなかっただろう。しかしルネサンスは人間の本性からして必ず起きるべきもの、つまり必然であっただろう。ただそれがフィレンツェで起こったということである。

3時、ウフィッツィ美術館を出てポンテ・ヴェッキオを渡る。ひどい排気ガスの中を歩いてカルミネ教会へ向かう。着いてみると火曜は定休日ということだ。頭が痛い。
 ジェラートを食べながらウフィッツィ美術館の反対側にとって返して、サンタ・クローチェ教会へ。ここにはミケランジェロ・ロッシーニ、ガリレオ・ガリレイ・マキアヴェッリの墓が並んでいる。また礼拝堂のひとつにはジョットの描いた感動的な聖フランチェスコの生涯の絵もある。

サンタ・クローチェ教会サンタ・クローチェ教会 教会の右手にはブルネレスキの作った非常に美しいは空間を持つバッツィ家礼拝堂がある(1461年完成)。円と正方形を組み合わせた建築的な均衡にこだわった、ルネサンス的な空間である。この礼拝堂のファサードも面白いが、これは後世に当初のプランを元に作られたものらしい。

 教会の正面の広場で、美しい教会のファサードを見た後で、地図を眺めているとヴェルディ劇場というのがある。行ってみると今晩「トロヴァトーレ」をやるらしいので、聞いてみることにする。
パッツィ家礼拝堂パッツィ家礼拝堂 その横の革工場でベルトを買う。サン・ロレンツォ教会まで戻ってきて財布を買う。へとへとになってホテルに着き、シャワーを浴び、パソコンに接続する。着替えてからホテルを出て適当な見当で歩いていくと、ドンピシャで7時半にヴェルディ劇場についた。

 歴史だけは十分ありそうなオンボロ劇場である。どう見ても田舎芝居だ。でもちゃんとオーケストラが入っている。1000人以上が入りそうな大劇場で、客の入りは100人くらいだろうか。期待せずに幕開けを待つ。出演者の方が客よりも多いのではないかという感じだ。ひどい演奏、おそらくどの演目でも使い回ししているだろう無難な舞台装置。プロンプターの声がよく聞こえてくる。よく観光都市でやっている、チラシを配って客を集めているオペラや音楽会はこういうレベルなんだなと理解できた。
 第3幕の幕切れのアリアのいい加減さにほとほとあきれて、途中で劇場を出る。11時なのだが店がほとんどしまっているので、BARで飯とワインを買って帰る。

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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。