3月15日 フィレンツェ



 7時、ホテルで飯を食べずにチェックアウト。駅でユーレールパスをバリデートする。
 飯を買って7時52分の発ミュンヘン行きの国際列車に乗り込む。列車が霧の中を進んでいくと、2時間でフィレンツェについた。
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 10時、駅近くに予約しておいたホテルにチェックイン。荷物を預けて、さっそく駅の前にあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に行ってみる。この教会はゴシック聖堂だが、アルベルティが設計したファサードはいかにも優雅でルネサンス的なものである。
 中に入って、マザッチオやヴァザーリの画を見る。1348年のペストの時にこの教会のミサに参加した7人の男女が郊外に逃れて話をするというのが、「デカメロン」である。

 そこからしばらく歩いて、サン・ロレンツォ教会へいく。身廊は非常に美しいコリント式の柱とアーチに高い天井支えられている。内部は身廊軒壁の窓からの明るい光で満ちている。こういうところも実にルネサンス建築だと思う。
 まっすぐ進むと、両脇に棺桶のようにも見えなくもないドナテッロのブロンズ製の説教壇がある。この浮き彫りが見事なのだが、逆光でよく見えない。
 正面の祭壇の前の床には、メディチ家の紋章が刻まれている。コジモ・ディ・メディチの墓である。

サン・ロレンツォ教会 サン・ロレンツォ教会  さらに左手奥にある小さな部屋が、ブルネレスキによって作られた旧聖器室だ。1428年完成。この教会よりも先に造られたので、ここが最初のルネサンス建築の空間だった。ドナテッロが室内装飾の一部を担当している。

 教会の周囲には、革製品などを扱う露店が店を並べている。
 教会の斜向かいにある、メディチ家のリッカルディ宮に入ってみる。コジモ・ディ・メディチによって作られたルネサンス様式の最初の邸宅である。またここは、メディチ商会の本拠地でもあった。中に入って、礼拝堂のゴッツォーリのベツレヘムへ向かう東方3博士のフレスコ画を見る。
旧聖具室旧聖具室 この絵の中には、コジモ自身やメディチ家の人々、メディチ商会の支店長なども描かれているそうだ。キリスト教とフィレンツェ社会が混在する礼拝堂になっていて、宗教と世俗であるビジネスが並んでいる。そこにはすべてが宗教の支配下にあった中世の人々と、ルネサンス人との意識の違いが明確である。

 ドゥオーモ方面に歩き、天国の門を見て、ジョットの鐘楼にのぼる。
 観光客同士で写真を撮り合う。フィレンツェの街を見下ろして、「ここからルネサンスが世界に広がったのか」と感無量。
 ブルネレスキの偉大なクーポラを観察する。
 この大聖堂も、ゴシック様式で建てられていたのだが、あまりにドームの直径が大き過ぎて(直径42メートル)、クーポラをかけることができなかった。ローマで古代建築を学んだブルネレスキはここに見事なクーポラをかけた。それはすなわち、中世の無秩序や混乱に、ルネサンス的な明確かつ数学的な秩序や均衡をもたらす意味合いがあったことだろう。
 このクーポラは「ゴシックの世界」に蓋をしているのである。

 鐘楼から降りてきて、共和国広場のカフェでピッツァ・マルガリータを食べる。アルコール燃料も充填完了。

b.pnga.png

これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。