3月14日 ローマ3



 バスがどこから出ているのかわからないので、プッチーニ通りをとぼとぼと歩いてサン・カルロ・アッレ・クワットロ・フォンターネ教会に向かう。ここには14年前に来たことがある。

 サン・カルロ・アッレ・クワットロ・フォンターネ教会は、ベルニーニのライバルであったボッロミーニが作った、小さいけれども非常にユニークな教会である(1641年完成)。
 イオニア式の円柱に支えられた楕円形の小さなドーモに蜂の巣のような幾何学模様が刻まれ、真ん中にはハトが描かれている。バロック教会でありながら、非常に簡素な内部空間に好感が持てる。壁面の天使の像なども魅力的だ。日曜日の午後なのだが、観光客が次々とやってきてうるさい。この小さな教会がこんなに流行っているとは知らなかった。

サン・カルロ・アッレ・クワットロ・フォンターネ教会サン・カルロ・アッレ・クワットロ・フォンターネ教会 正面に出て、教会のファサードを見物する(1668年完成)。前述のクワットロ・フォンターネの交差点に面したこの教会のファサードは、上下2層に分かれているが、その2層が違う向きに湾曲しており、アンバランスな律動感を生み出している。これもまた実にバロック的といえる。

 そこから共和国広場まで歩いて、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会に入る。ディオクレティアヌス帝の浴場跡を、ミケランジェロの設計により16世紀から18世紀にかけてバシリカ教会に改造したものである。
 巨大な身廊に巨大な交差廊がギリシャ十字のように交差するプランだが、ローマ浴場の高さと大きさを活かした迫力のある教会である。天井はヴォールトだ。色大理石の円柱と床張り、ごてごてした装飾に飾られた内部空間は、さっきのクアトロ・フォンターネ教会といかにも対照的だ。

 共和国広場のカフェで噴水を見ながらカプチーノを飲む。
 この広場の過剰に装飾的な彫刻を持つ噴水も、これを囲む建築も、おそらくムソリーニ時代のものだろう。いかにも見栄張りでウソ臭いものではあるが、しかし見ていて飽きさせない工夫がある。そういう見栄は、ある程度あってもいいのではないかという気がする。最近の東京のビルは、機能的で、コストばかり重視して、共有スペースやエントランスに工夫がない。これはつまらないと思う。
 カフェに座っていると、隣の席に座っているオヤジのところに、通りすがりのガキがやってきて、オヤジに「たばこをくれ」という。オヤジは、たばこをくれてやって、火をつけてやる。ガキは「グラッチェ」といって去っていく。
 万事いい加減である。

 4時、共和国広場のすぐ裏手にあるオペラ座に行く。ここオペラ座も、かなりテロを警戒している感じが。

 この劇場は、大きさが非常にほどよい。2階真正面の席で聞いていたが、音がストレートに伝わってきて音響についていうことはない。
 トスカ。歌手はカヴァラドッシ役が声が立っていて非常によい。アクセル全開で歌っている。トスカ役は声が柔らかい。アンジェロッティもなかなかいいので、出番が少ないのは残念。オーケストラの演奏も申し分ないのだが、第一幕のテデウムで、スカルピアの最後の「トスカ、お前は神の存在を忘れさせる」が、オーケストラと合唱に負けて聞き取りにくかったのは画竜点睛を欠くといってもよいほど残念なことだった。
 舞台で、カヴァラドッシが描いている画は、昨日のサンタンドレア・デラ・ヴァッレ教会のトスカの礼拝堂にあった画なのが面白い。

 第二幕の前半は、これ以上遅く演奏できないだろうというくらいゆっくり演っていた。
 スカルピアは鹿賀丈史のジャン・バルジャンのような投げやりな歌い方をする人で、まあそれもありかなと。
 マレンゴの戦いの勝利の知らせを聞いたときのカヴァラドッシのVittoria!は、「ホールも割れよ!」をばかりの熱唱で、これが一番よかった。
 舞台の方は、ファルネーゼ宮なのだが、書き割りがちゃちで大減点である。
 演出は明快だ。「歌に生き、恋いに生き」は出だしの声がかすれていて悲しかった。あとはまあ普通という感じ。

 第三幕なのだが、なかなか幕が開かない。たっぷり15分は手間取ったのではないだろうか。
 第三幕では、サンタンジェロ城のてっぺんにある天使像は舞台にはない。背景にサンピエトロ聖堂の正面が描かれている。この位置関係からすると、トスカはティベレ川に身を投げることはできないだろう。
 「星は光りぬ」のところで盛り上がりは最高潮に。
 そして幕切れ、幼稚な音楽だが、ローマでトスカを聞くのはやはり最高だ。

 7時30分終演。長いトスカだった。8時20分Sさん宅訪問。一緒に食事に行く。Sさんを自宅に送った後、ポポロ広場でタクシーを拾ってホテルに帰ってくる。

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これはあくまでも個人的な備忘のための旅行記であり、ここに書かれている情報を利用したためにどのような不都合があったとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。