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権力を恐れない

岡本呻也
権力を恐れないという姿勢にも、東さんは卓越したもの持っていらっしゃいました。
記者とは、権力といかに向き合うか
と東さんは書いています。記者の定義の中に、すでに「権力と向き合うべきである」ということが入っているということです。
普通みんな、権力は怖いんです。特に愛媛県においては。だけど、なぜ彼は権力と向き合うことができたのでしょうか。これについて彼は、このように書いています。
相手がだれでも細心の取材をして大胆に書けば、恐れることは何もない。生死にかかわりないなら、何をビクビクする。ためらうことなく飛べ。
つまり半身で向き合っていたり、及び腰であったりしたら、権力は力を持っているわけですから、こっちがやられてしまうわけです。東さんは徹底的に調べて、決定的な事実をつかみ、そして大胆に書いてるんです。
彼は取材中に取材機に乗っていて、悪天候でひょっとして死ぬかもしれないという状況になったときに、無事着陸することはできたわけですが、着陸した後に、「何だ取材というのは実際に死ぬわけじゃないんだから、生き死にに関係がないのならどんどん書けばいいじゃないか」と覚悟を固めたそうです。
むしろ、
怠慢や問題意識不足、臆病さで描ききれないことを恥じる。
そして、
万一取り返しのつかない失敗をしたら、記者を辞めててつぐなうしかない。
そういう覚悟も持っていたわけです。書く側の人間には、それだけの責任と覚悟が必要だということです。
東さんによると、産経新聞に入ったら、「ジャーナリストは無冠の帝王たれ」と教わるんだそうです。ところがその言葉の意味は教えてくれないので、「無冠の帝王って何なんだろうな」と思いながら各支局に赴任するんだと書いてありました。
東さんは東さんなりに、無冠の帝王とは何か考えたと思います。それがすなわち、権力を恐れないというところにつながっているのだと思います。
では、なぜジャーナリストは権力を追いかけなければならないのでしょうか。
東さんはこう書いています。
公権力がみだりに使われたときの影響は大きいから。
つまりここには、バブリックという視点があるということです。「全体の利益を考える視点から見て、正しいかどうか」ということが、ジャーナリストが押さえておかなければならない価値観であるということです。そして、
記者の仕事は、権力の真ん中に爆弾を投げ込むこと。
彼は自分のことを、爆弾魔だと書いています。
さらには、
権力を直視して書く
逃げたらやられるということです。
その彼が出会った最高の権力者というのが、
ワンマン知事白石春樹です。彼が70年代から80年代にかけて、唯一の党人知事として愛媛県議会を完全支配することによって、この地においては愛媛県がピラミッドの頂点に立った絶対的な秩序が生まれていたわけです。それを創り出したのが白石知事ですね。
愛媛では県と対立する立場に立つことを誰もが極端に恐れる。
普通の県であれば、なにがしかの対抗勢力があるはずなんです。ところが愛媛県では、白石県政以来、県と対立することをだれもが怖れるという状況がずっと続いてきました。その弊害はひじょうに大きい。今でもそうでしょう。
愛媛県は、
数と権力によってクロをシロにできる絶対権力
であったわけです。そして東さんは果敢にその権力に挑んだわけです。
その白石知事のことを、東さんは、
スケールの大きい天才政治家
と評しています。ある意味で非常に高く評価しているわけです。『記者物語』の中に、とっても面白い東さんと白石知事の会話が描かれています。知事室で2人があるとき話していたときに、白石知事が、
「政治家にとって、世の中で本当の味方はごくわずかだ。本当の敵もわずかだ」
と言ったので、東さんがすかさず、
「じゃあそれ以外の人は何なんですか」
と聞いたら、知事は、
「そりゃあ、強いほうにつくんじゃが」
と答えたというんですね。これは至言です。この認識に立つことができるのは権力者だけですよ。彼の目から見ると、敵味方はほんの少しの人間だけで、それ以外の有象無象は、自分が強ければ自分のほうになびくわけです。この世界では、正しいかまちがっているかではなくて、強いか弱いかだけでクロをシロに変えることもできるということです。
白石知事の持論は、
「物言わぬ多数は強いものに従う。誰でも温い飯を食いたい」
だったそうですから。
東さんは、権力を持っている人間の持っているそういう意識を知ることができる立場にいたということなのです。それもまた、権力と戦うための役に立っていたのではないかと思います。
それと、「信念を持つ」ということの絡みでいうと、政治家にとっての本当の敵と本当の味方は、いずれにせよ自分の信念を貫いている人間だということです。それ以外の人たちは、信念を持たない人間だということですよ。
東さんは、
知事というのは結構なものだ、最大の影響力を持っているのに、容易にその責任を問われることがないからだ。最大の影響力を持つ者の責任は、最大限に問われるべきだ。
として、権力者と対峙する姿勢を持ち続けていました。
役所についてはどう思っていたか。
役所は平然とうそをつく。役所の大うそや不誠実に鈍感であってはならない。
警察についてはどうか。
警察はいつでも奥深いところで政治、体制と結びついていて、時に体制の手先のような動きをする。
と書いています。そうした権力の実態を知りながら、東さんは決して敵に後ろを見せることはなかったのです。
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