HOME > 人間力とは、「大人になること」 > 人間力とは 02

02.JPG

「人間力」とは、大人になることと見つけたり

精神論ではなく、功利的なアプローチ







インタビュアー 飯坂彰啓
答える人    岡本呻也

人間力の定義 
「人間力」とは、仕事ができる人や、健全な日常生活をおくっている人が持っている、すぐれた社会的能力のこと
=相手の心にはたらきかけて、人を動かす力

飯坂  日本語で言うと、割とすーっと入ってくる言葉なんだけど、英語に訳すと何になるの?

岡本 「ピープル・スキル」ですよ。

飯坂  なるほど。ちょっとあいまいだけど、「モラール」でも「人徳」でもなくて「スキル」であるということですね。そこんとこちゃんと詰めとかないと。

岡本 いいポイントだと思います。精神論とまちがわれがちですからね。
 「人間力」というのは、意味がはっきりしていなくても、日本語だとしっくりくるものなんですよ。
 「人間力」という言葉は、「優れた人とか、できる人と万人に認められる人が持っている能力」というふうに解釈をしやすいわけです。しかも、その時点で「それはいったいどういう能力なのか分析してみよう」というふうに考えなくなっちゃう。解釈が止まっちゃうんです。
 「人間力というのは、優れた人が持っている能力なんだから、それでいいじゃないか」というところで止まってしまう。

飯坂  みんなが「ああいうふうになりたい」という功利的な観点から望ましい能力のことですよね。それは別に間違っている話じゃなくて、本来的には功利的なものであるはずなのに、「人間力」と聞くと道徳的なアプローチだろうと思ってしまう人が多いわけですよ。道徳的に「人間力」をとらえようとすると、結果は間違った方向に行ってしまうという気がするんだよね。
 その反対に、「スキル」というからには、しかるべきメソッドにしたがったトレーニングによって一定の確率で向上することが想定されますよね。

岡本 ええ、「人間力」講座の講演・研修で扱っている「人間力」というのは、道徳的・倫理的であるとか、超自然的なものであるとか、論理を超えた精神論的世界だと考えられるととてもまずいですね。

飯坂  それは修身の世界ですよ。「人間とは精神的にこうあらねばならない」という話になってしまうと、それはあまり意味がないと思うね。「人間力」の劣るやつは、根性が悪いからだ、とか忠誠心がないからだ、とか言いかねない。

岡本 組織の支配的勢力の都合のいいように使われてしまうということになっちゃいますからね。

飯坂  「ビジネスマンのような、日頃は功利的な考え方をしている人でも、このような考え方をしてみれば、人間として能力を発揮できるんですよ」という話であればいいんですが。
 そもそも修身の教科書では、修身的な「人間力」にあふれた人が取り上げられているわけですが、「そういう人たちがやったことも、人間力をもって捉えてみればこのように説明することができるんです」というほうが今の時代にマッチしてますよ。

岡本 まあぼくは、木口小平や肉弾三勇士が「人間力」があるという説明の仕方はしないわけですけどね。

飯坂  逆にね、功利的なアプローチによって「人間力」をつけることができるとするならば、それができた人には道徳的なレベルで議論されるような精神性は後からついてくるんじゃないですかね。こんなこというとムキになって否定する人もたくさんいそうだけど。

人間力とは、「大人になること」と見つけたり

「人間力」エピソード101本

人間力とは、「大人になること」と見つけたり