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第8回 もうけられなきゃビジネスじゃない

利益よりも人の和、合理性よりも人間関係が大切?

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 本来は、意思決定権を持っている人たちは現場に出ていって、現状を見て声を聞いて、その上で「ビジネスをどのように環境変化に適合させていくのか、そのために何をどう変えるのか」を考えるのが仕事なんじゃないでしょうか。

 だったら、実権を持っている経営幹部は、自分を「絶対的な存在」として、封建体制の中で秩序に守られた存在と考えるのではなく、もっと自分の立場を相対化して意識する必要があるね。言ってみれば、立ち位置を変えるべきじゃないかと思うんだ。しかしそれは本人の意識の問題だから、なによりむつかしいんだよ。

 『武士の家計簿』という本に書いてあるらしいんだけど、江戸時代の武士の家計は、親戚・同僚との付き合いの祝儀贈答、儀礼行事費用といった「身分費用」の支出だけで、藩からもらう報禄の3分の1が消えてしまい、どんなに節約しても構造的に赤字になってしまったんだそうだ。

 そんなのばかばかしいじゃないですか。わたしだったら、「ふつうに生きていて赤字が出るような見栄張り的な付き合いなんかやめちゃえ」と思うな。

 ところが身分社会に生きている者は、「体面を保つためなら死んでもいい」と本気で思っているんだから、ものすごい経済観念の欠如だよな。こういうハラキリ型経済観念は、いまだに健在だよ。カイシャや社員のメンツを保つためだけのばかばかしい支出でも、おじさんたちは「これは切れないな」と思い込んでいる。

 村社会では身分意識は高くても、経済観念はいらないんだ……。なんか、すごいショックです! 学校で習ったのって、なんだったんだろう。

 与党のある有力政治家は、「公共財として道路を位置付けるなら、採算性や経済効果の問題は論外だ」と述べている。これなんか、村社会に生きる人の本音だね。

 はーあ。それに不思議ですよね、日本企業は、テレビゲーム機にしても、携帯電話にしても、すごく小さくて優れた製品を作ることができるのに、どうしてカイシャの組織改革だけは進まないんでしょうか。

 結局それは、カイシャが共同体だからなんだよね。相手がマイクロチップであれば、モノでしかないわけだから、徹底的に小さくしたり機能を高度化できる。だけど、「あの部門を縮小しよう」ということになると、縮小は得意なはずなのにうまくいかない。組織改革を行うと、誰かが責任を取ることになったり、組織を廃止しなければならなくなるから、それは共同体の仲間意識に反することなんだ。

 合理性を追求するよりも、人間関係を重視するということですね。

 利益よりも人の和が大切。「和を以って貴しとなす」「人にやさしい経営」ということだよ。もうからなくても誰も困らないわけ。

 もうからなきゃ、配当が出ないじゃないですか。人にやさしくするんだったら、株主にもやさしくするべきだと思いますけど。「人にやさしい」じゃなくて、共同体に属する社員だけにやさしい経営ということだと、企業としての目的を履き違えているとしか思えません。

 「雇用は企業の社会的責任」などと言う人もいますけど、だからって、チャンスを与えればもっと伸びる可能性がある社員を悪平等待遇で飼い殺しにして、スポイルしてもいいという話にはならないでしょう。「雇用は企業の社会的責任」なんて、もうかっている会社が言うセリフであって、赤字会社の経営者の言うべきことではないと思います。わたし、ダメ会社でスポイルされるのなんてイヤだもん。そんな権利、誰にもないし、人権侵害とすら言えるのでは?

 正論だよね。企業の目的は、資本からのアウトプットを最大化することであって、資本がその企業に張りつけられているということは、社会全体のチャンスの一部を奪っているわけだから、企業には人的資本も含めた資本をきちんと活かす責任があるわけだ。だから経営者は、自分の会社のリソースをきちんと評価して、それを活用する合理的な戦略を立てて実行する責任を負っているし、そうしたことが社会からも、株主からも、顧客からも経営者に期待されているわけだ。

 だからビジネスには、合理性がなによりも求められていると思います。だけどプールサイダーおじさんたちは、プロジェクトをやるときは、事前のリサーチや準備は適当で、「なにしろやればいいんだ」とスタートさせることだけを考えてやみくもに始めちゃうんですよ。なんの考えもなしに。

 それでがむしゃらにやってるんですけれど、わたしから見ていると、どう見てもまちがった方向にトンネルを掘っていることが多いと思うんです。どんなにがんばってツルハシを振っても、まちがった方向に掘っていたら意味がないですよね。だけど亀田部長たちたちは、すごく苦しそうなんだけれど、ある意味吹っ切れた表情でツルハシを振っていて、わたしが「あのぅ、まちがった方向に掘ってもしかたないですから、少し方向を見直したほうがいいんじゃないですか?」と横から言うと、じゃまされたと思ってすごく嫌そうな顔をするんですよね。

 だけどわたしは、「部長の努力がムダにならないように」と思って善意から注意してあげてるだけなんですけれど……。

 亀田部長たちにとってみれば、目標の達成はたいした問題ではないんだよ。「とりあえず自分たちが今やれる仕事があれば、それで十分楽しいんだから、それ以上何も考える必要なんかない」ということなんだろう。
 とりあえず仕事をこなしておけば、会社は存続するし、時間がたつに従って自分たちの地位も上がっていくわけだから。

人間力とは、「大人になること」と見つけたり

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